最近、引っ掛かることがある。




【某日、作戦室にて】

「明日叶、悪いけど後ろの本棚からこの資料、取ってくれるかな」
「はい、亮一さん。えーっと、……あぁ、あれか。よっと」
「なになに、コレ?はい、明日叶センパイ♪」
「あ、……うん、ありがと」



【ある夜、ラウンジにて】

「あれ?あの時計、ちょっとズレてない?電池切れちゃったのかな」
「正確には4分と40秒の誤差だな」
「あ、俺入れなおします。確か工具箱の近くに予備の電池が……あと脚立は」
「あーもう、そんなこと明日叶ちんがする必要ないって。ほらバカ犬、ちゃっちゃと替えてよね、ちゃっちゃと」
「誰が犬だ!……ったく……よいしょ、っと。はい、センパイ!取れたっスよ」
「……うん、ありがと」



【とある休日、電車内にて(※混雑時)】

「うっわ、マジ半端ねー人!センパイ、大丈夫?」
「う、うん」
「こっちの扉、しばらく開かないから。背中向けて、オレの近くにいれば少しはマシっスよ」
「…………ありがと」






以上。
考えてみれば本当に、とんでもなく、笑えるくらい些細なことなのだが。
日常のふとした瞬間に、年下の恋人とのたった7cmの、けれど決して小さくはない差を見せ付けられるたび、微妙なお年頃の少年として、言い表せない葛藤があるのも事実で。
―――抱きしめられるときには、その逞しい身体つきに心から安らぎを覚えるくせに。
なんとも複雑な男心を持て余す、明日叶なのだった。


そんなある日。







「痛っ」
自室のあるフロアから、汗を流しにいこうと上階へと向かっている最中のこと。
並んで談笑しながら階段を上っていた太陽が、急に立ち止まった。
自然、半歩先に進んだ形になった明日叶も、驚いて振り返る。
「どうした?」
「あー……目に」
何やらぶつぶつ言いながら乱暴に左目を擦る太陽の手を、慌てて掴んで止めさせた。
「何か入ったのか?擦っちゃ駄目だろ、傷がつく」
「んー」
平気なはずの方の目も一緒に、しょぼしょぼと頼りなさげに瞬きを繰り返す太陽の顎を、そっと持ち上げる。
今日のトレーニングは屋外での活動だったから、校庭から砂の粒でも持って入ってしまったのかもしれない。
「ちょっと待ってろ」
風呂セットの中に自分用の目薬があるのを思い出して、バッグの中を探る。
「あった。ほら、上向いて」
「うん」
片方だけ涙の滲んだ瞳を、ほんの少しだけ強引に開かせると、惜しげ無く液体を注いでいく。
ドライアイや疲れ目に効くといった触れ込みのそれは、普通の目薬よりもとろりと粘着質な質感で、目の中に入った異物を取り除くという用途においても効果を発揮してくれたらしい。ほどなくして太陽は、大きな瞳を危なげなく瞬かせた。

「っし!治った!」
「良かった。もう平気か?」
「うん!ありがとう、センパイ」
「念のために、両方差しとけよ。目の表面が乾燥してると、ゴミも入りやすくなるみたいだから」
「う、うん」
素直に容器を受け取って、もう片方の目にかざす太陽を何とは無しに眺めていた明日叶だったのだが。


(あ)

ふと、自分の口元が綻ぶのを感じた。
走り回ったせいで、元々癖のある柔らかな髪がぴょんぴょんと奔放に跳ねている。
(……つむじ)
その微笑ましい様子の中に見慣れないものを発見して、何故かすごく嬉しくなった。

この位置に立つと、ちょうど太陽と自分との身長がそっくり入れ替わったようになる。

たった一段上っただけなのに、見える景色が全然違ってみえた。
いつもは明日叶が見上げるばかりだから。
不思議といつも感じているような羨望とか、くだらない嫉妬などは沸かなかった。
それよりも、くすぐったいような気恥ずかしいような、けれどちょっとだけ得したような幸福感だけがある。

(いつも俺も、こんな風に見えてるのかな)

目の前に立つ人は、恋人とはいえれっきとした男で。
華奢でも儚げでもなんでもない、立派な体躯なのに。
それなのに、この位置から見下ろしていると、無意識に腕が伸びそうになる。
ぎゅっと、その頭を自分の腕に抱き込めてしまいたい衝動に駆られてしまう。
―――初めて、分かった気がした。
いつでもどこでも、一体何がスイッチだったのか分からないくらい突然、がばっと抱きついてくるあの衝動的な仕草。太陽の癖。

(……なるほどな)

思いがけない発見だ。
そしてもう一つ。






「あースッキリした!」
いつの間にか、すっかり晴れた空の色を取り戻した大きな両目が、明日叶を捉えて微笑んでいる。
「ありがと、センパイ」
はい、と目薬の容器を差し出したその手を掴んで、引き寄せた。
そのまま驚いたように見開かれる瞳を無視して、唇を奪う。

(……うん、なるほど)

らしくない行動を自認しながらも、明日叶は二つ目の発見に密かに心躍らせながら、そっと微笑んだ。





(うん、納得)









◆あとがき◆

段差でチュー!段差でチュー!!(ハァハァ)
TVで「女の子が夢見るキスのシチュエーション」てな特集をやってたのですが、太明日に当て
はめたら異常に萌えたので、書いてみました。
珍しく明日叶ちん視点で。
太陽がすぐ明日叶ちんにぎゅーってしてきたり、チュ☆ってしちゃうのは、その身長差も
影響してるんじゃないかなー、なんて。
抱きつきたくなる距離、キスしたくなる角度、っていうか。ムフフw
うっかり「あ、その気持ち分かるかも」と、新発見な明日叶ちんなのでした♪
これでちょっとは衝動的な愛情表現も、許してもらえるといいねぇ、太陽。

2011.5.8 up







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