「うっわ、さみ〜〜〜」

自動ドアが開いた途端、顔面に吹き付けてきた風に、太陽が首を竦める。
ポケットに手を突っこんだまま背後を振り返って、気遣わしげに小首を傾げた。
「顔はメット被ればヘーキだけど……大丈夫?センパイ」
ありがとうございましたー、とどこか間延びしたウェイトレスの声に律義に会釈を返して、明日叶も後に続く。
時間潰しのために入っていたファミリーレストランは、いささか暖房が効きすぎていて、店内で火照った頬には、真冬の空気は確かに冷たいが、同時に心地良くも感じた。
「うん。大丈夫だ」
いっぱい着こんできたし。
駐車場へと並んで歩きながら、ほら、と袖口から中を見せる。
『絶対に寒いから、ちゃんと厚着してきて』という太陽の忠告をしっかりと守って、薄手のインナーを何枚か重ねた上に、裏地が起毛のパーカーにダウンを羽織ってきた。
若干、もこもこと着ぶくれている気もしないではないが、これから直接身に受ける風圧のことを考えれば、これくらいで丁度良いはずだ。
ここに来る時も確かに全身を打つ風は冷たかったけれど、夜も更けた分、きっと今からの方がずっと寒さも厳しいに違いない。

「うし。じゃあ行こ!」
白い息とともに、心配そうだった表情がふわりと綻ぶ。
紺碧に沈んだ風景の中、そこだけがぱあっと眩しく照らされたように見えて、差しだされた手を自然に取りながら、明日叶はわずかに目を細めた。












「はい、とうちゃーく!」
両足で器用にバランスをとったまま、バイクを路肩に停めた太陽がヘルメットを脱いだ。
ふる、と何気なく首を振った時に揺れた彼の明るい色の髪が、きらきらと光を纏っているのを見て初めて、辺りが明るくなっていることに気が付く。
急いで後ろから飛び降りると、明日叶は自分も被っていたヘルメットを勢いよく外した。
「うわ……」
瞬間、目の前に広がる景色に息を飲む。
素早く左右に首を巡らせ、車の往来が無いことを確認すると、思わずガードレールの傍まで走り寄った。
視界を遮るものは何もなく、山を拓いて作られた斜面続きの古い国道から見えるのは、ただ遠くに望む山々と、眼下に広がるジオラマのような住宅街だけ。
辺り一面、うっすらと霧が掛かった早朝の空気が、神々しいまでに橙色の光の粒子で染め上げられていて、まだどこにもその姿は見えていないのに、闇を裂く新しい一日の象徴が確かに存在していることを示している。


「間に合ってよかったぁ。ここ、結構穴場っしょ」
いつの間にか隣に立っていた太陽が、ひょいっと明日叶の手からヘルメットを奪う。
「前に一人で走ってた時、すっげー朝日がキレイだったんス。だから、いつかセンパイにも見せてあげたいなーって思ってて。で、どうせなら初日の出って」
どこか嬉しそうなその声を、ぼんやりと前を向いたまま明日叶は聞いていた。
目が離せなかった。ちらちらと絶え間なく角度を変えて輝くその美しい景色から。

「ああ………すっごく、」
興奮に掠れて上擦った声が言葉を紡ぎ終わる前に、冷えた唇に塞がれる。
「―――へへ、今年初ちゅー」
明日叶の顔を覗き込むようにして悪戯っぽく笑う恋人に、驚くよりも、叱りつけるよりも先に、笑みが零れてしまう。本当に。ああ、なんて。

「……あれ?怒らないの?やった、ラッキー♪」

一瞬きょとんとした後で、屈託なく笑うその姿に。
くるくると変化しては、どんな凍える空気の中でも、自分の心をいとも簡単に温めてしまうこの存在に。
なんて、名前に相応しい男なんだろうと。
今更ながらに思い知る。






「さーてと」
ガードレールについていた両手をぱっと離して、突然太陽が姿勢を正した。
「ん?」
持っていたヘルメットをレールの突起に引っ掛けると、そのままパンパン!と大きく手を叩き、こちらがぎょっとするほどの大声で高らかに言い放った。
背後の山も手伝ってか、がらんどうな風景に、澄んだテノールの声がこだまして響く。
「今年も一年、明日叶センパイと仲良く元気にラブラブでいられますよーにっ!!」
「…っ、お、おい…!」
「へ?」
慌てて袖を引きながら周囲を窺うが、ただでさえ正月の明け方、しかもこんな辺鄙な場所に自分たち以外の姿などなく、ほっと胸を撫で下ろす。
けれどあまりに衒いのない願掛けに、熱くなった頬を誤魔化すため明日叶はそっけなく言った。
「……ばか。願いごとってのは、人に聞かれると叶わないんだぞ」
確かに、どこかで聞いた話だ。
けれど、単なる照れ隠しに言ってみただけ、ほんの些細な意地悪だったにも関わらず、勢いよく振り返った太陽が、それはそれは悲壮な顔をしていたからたじろいでしまう。
「た、太陽?」
「ま、ま、マジっスかぁぁ〜〜〜!?どどどどうしよう……!!」
神様、今のナシ!!いや、いやいや、ナシじゃないんだけど!!
涙目で一人慌てまくる太陽が可愛くて仕方なくて、誰もいないのをいいことに、明日叶はその背中にぱふんと抱きついた。
「え?え?センパイ?」
珍しい明日叶からのスキンシップに、動揺したように太陽が全身を硬直させる。
まだほんのちょっと泣きそうなその声に、くすくすと笑いながら答えてやった。
「心配するな。俺の分で叶えてやるから」
「……ふぇ?」
「分かんなくていいよ」
厚みのあるダウンジャケットに顔を埋めたまま、明日叶は腕に力を込めた。


残ってる俺の分で、お前の願いも叶えてもらうから大丈夫。
―――どうせ、願うことは同じなのだから。




「今年もよろしくな」
小さく呟いた言葉は、一面に漂うオレンジに溶けるように消えた。











◆あとがき◆

あけましておめでとうございます!
2011年初アップは、『太明日de初日の出』でお送りいたしましたー。
若干ブツ切り感も否めませんが、そこはもう、すいませんってことで!(開き直りか)
いやもう、今回のはサイトへ遊びに来て下さる方々への年賀状代わりにしたかったので。
短編で〜短編で〜と念じながら書いたらこうなりました。すいません(笑)
せっかくの新年一作目なので、明日叶ちんにも存分にデレてもらいましたvv
2011年も、二人にはバカップルモード全開で飛ばしていただきたいと思います…!

新年あけましてツーリング、実は個人的に憧れてますvv
父がバイク好きなのと、本人の乗り物好きなのも影響して、学生の頃大型二輪の免許取ろうと
企んでたんですけどねー。母に全力で止められてしまい、今に至ります。
曰く「壁が無いと、事故った時に危ないでしょう!」とのこと。
そんな……壁のある車に乗ってて、信号待ちで止まってたにも関わらず追突されて、救急車で搬送
された人に言われても説得力が……(笑)(※現在はとっても元気)
死ぬまでにやりたいリストの一つです、バイクでツーリング。
太陽は穴場もいっぱい知ってるだろうしなー。明日叶ちん、羨ましすぎるぜ…!

そんなこんなで、今年もどうぞよろしくお願いいたします。(ぺこり)

2011.1.1 up







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