「「えーーーーーーっっ!!?」」
ラウンジに二人分の絶叫が響いた。
何事かと、その場にいた他のメンバーがぎょっと振り向く。
「五月蝿いぞ」
タイピングの指を止めないまま、桐生さんの絶対零度な声が釘を刺す。
「う……す、すんません」
しゅん、と悲鳴を上げた一人、太陽が俯く。
「だ、だってだってだってーーーー!!!」
もう片方のヒロはというと、めげることなく言い募った。
「聞いてよ!ねぇ今日、何の日か知ってる!?」
猛然と立ち上がって、ぐるりと周囲を見渡す。
が、誰も口を開かない。
「ほら!みんな知らないんじゃん!!水臭いよ明日叶ちん〜〜〜〜!!」
「そうっスよ!ヒドいっスよセンパイ!!」
すぐさま立ち直った太陽と二人がかりで、両側からぐいぐい腕を引っ張られる。
「いや、でも別に……」
二人に挟まれてソファに座る明日叶は、完全に戸惑っていた。
全員の(桐生さんを除く)「何事だ」という視線に、自然と身体が小さくなる。
「なんなんだ、二人とも?今日、何かあるのか??」
きょとんとした顔の亮一さんが、全員の気持ちを代弁する。
よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、ヒロが胸を張った。
「今日ね、明日叶ちんの誕生日なんだってさ!」
高らかに宣言する。
「ヒロ、だから別に……」
なんとなく居た堪れなくて、小さくヒロの袖を引く。
「へ〜ぇ、そうだったんですかぁ」
興味を惹かれたように目を開く眞鳥さん。
「なんだ、教えてくれればお祝いしたのになぁ!」
水臭いぞ、とわざと眉を顰めるようにして、ヒロと同じセリフを続けた亮一さん。
「あすか、おめでとう」
嬉しそうに笑って言った興さん。
その場にいた面々の反応は様々だったが、皆、口々に祝ってくれる。
祝われた明日叶の方が、逆に面食らう。
「えと……あの、ありが…とう、ございます」
「あーあ!事前に知ってたら、ぜぇったいプレゼント、用意したのにぃ〜〜」
「そうだぞ?今日は日曜だし、俺も腕によりを掛けて料理したのに。な、桐生」
「……ふん、また刺身か?それでは宴会だろう」
「宴会だってパーティだって似たようなもんだよ」
「だったらオレ、最っ高のドライブに連れてったっスよ〜!?」
「バカ犬はすっこんでなよ!明日叶ちん独り占めは許さないんだから!!」
「む〜〜〜!!」
ぎゃーぎゃーと後輩二人が言い争い始める。


この年になって、しかも男の自分が、誕生日だのなんのと浮かれる気にはならない、というのが本音だった。
いや、勿論、感慨というか、一歩また大人の男に近付いたかな、と喜ばしい気持ちとか、密かな高揚感はあるのだが。
けれど、パーティとかプレゼントとか、両親以外の誰かに特別祝いの言葉を掛けてもらったりだとかいうことは、久しく記憶に無い。
だから先ほど、何とはなしに話の流れでそれを伝えた時のヒロと太陽の取り乱しっぷりに正直戸惑い、今、こうしてチームの皆から注目されてしまうのが面映くて仕方が無かった。


「よし。じゃあ仕切り直しってことで、来週の日曜に明日叶の誕生日パーティやらないか」
ぽむ、と両手を打って亮一さんが提案する。
「さ〜んせ〜〜い!!」
「亮兄、ナイスアイディアっす〜〜〜!!」
ぱっと二人が笑顔で同意する。さきほどまでの険悪さはすっかり消え去っている。
「あの、でも俺、そんなことまでしてもらうのは…」
申し訳ないです、と続けようとすると、桐生さんがばっさりと切り捨てた。
「お前の誕生日にかこつけて騒ぎたいだけだ、こいつらは」
「ひど!違うよ!!明日叶ちんのこと、お祝いしたいだけだもん!」
ムキになってヒロが反論する。―――興さんの後ろから。
「そうですよぅ、タカ。素直に『別に気を遣ってるわけじゃないんだから気にするな』って言えばいいじゃないですかぁ」
「………くだらん」
眞鳥さんがくすくすと笑いながら言った。
「明日叶、大人しく祝われておきなさい。アンタを祝いたいのはオレたちの勝手。だから放っておいてもやっちゃいますからねぇ」
「そうそう。大事なメンバーの大事な日だろ?おめでたいことは、ちゃんとお祝いしておくべきだ」
「………はい」
それぞれの思いが嬉しくてくすぐったくて、明日叶ははにかむように微笑んだ。
「ありがとう、ございます」


こんな風に祝ってもらえるなんて、本当に思っていなかった。
そして、それがこんなにも嬉しいことだなんて、思ってもみなかった。
ほっこりと心が温かくなると同時に、部屋に無い姿を思って、少しだけ、ほんの少しだけだが残念な気分になる。



「よし、じゃあ来週の日曜は空けといてくれよ〜」
「はいはいはーい!!僕、ケーキ係ね!!」
「オレ、食料調達してくるっス!!」
「ん〜じゃあ俺は………」
亮一さんの言葉を皮切りに、なんとなくお開きの雰囲気が漂う。
元々日曜の夜を、それぞれが何となくラウンジで過ごしていただけだった。
夜も深まり、一人、また一人と部屋を出て行く。
「明日叶ちん、おっ休み〜」
「来週、楽しみっスね!」
「ああ。おやすみ」
明日叶も部屋に戻ることにした。
「明日叶」
後輩を見送って自分も立ち上がろうとすると、今までずっと黙っていた慧が話しかけてきた。
「慧」
「………これ」
差し出されたのは小さな紙袋。
「え、なに?」
「お前、好きだったろう」
目線で促されて、軽く折り閉じられた袋を開いて覗く。
「………あ」
「うまいらしい」
中には大ぶりなベーグルが一つ、ごろんと入っていた。
よく見ると、紙袋の下の方に小さく、最近有名なパン屋のロゴが入っている。
「わざわざ買って来てくれたのか?」
ふと表情を和らげて、慧が言う。
「今日、町にでたついでにな。俺の記憶力も、捨てたもんじゃないだろう」
何も言わなかったが、この幼馴染はちゃんと覚えていてくれたらしい。
「ありがとう、慧。嬉しいよ」
素直に感謝の言葉が出た。
「じゃあな、おやすみ」
ぽん、と頭を撫でると、慧はそのままラウンジを出て行った。



「………ふぅ」
がしがしと濡れた髪を無造作に拭うと、ベッドに腰掛けて時計を見遣る。
デジタルの表示は、そろそろ日付の変わる時刻を示している。
予想外に嬉しいことがたくさん起きた日だった。
(おめでとう)
その一言が、こんなに幸せな気持ちにさせてくれるとは。
机の上には、白い紙の袋がそっと置いてある。
ふふ、と思わず笑みが零れる。
「俺、グリフに入ってよかったな……」
誰にともなく呟く。
本当に、ここへ来てから驚きの連続だ。
そしてそれらは、明日叶が今まで体験したことのない勢いで、足りなかったピースを埋めていく。自分が少しずつ、良い意味で予想を裏切った方向に変わっていくのを感じる。

―――でも。


「だめだ、俺。贅沢に慣れてきてるぞ」
はー、と大きく息を吐いて明日叶は頭を振る。
拭いきれなかった水滴が、ぱたぱたとシーツを濡らす。
大したことじゃないと、別に騒ぐことじゃないと。
俺自身がそう言ったくせに。そう、信じていたくせに。
最初は、ちり、と少しだけ胸が焼ける感覚がしただけだった。
夕食を終えても姿を見かけない、あいつを探すようにラウンジに入って。
他の全員が揃っているところを見て、ああ、出掛けてるんだな、と分かった。
その時だけのことだった。
その後はヒロと太陽が騒ぎ出して、あれよあれよと皆の注目を浴びてしまって―――予想外に幸せな気分をもらってしまって。
けど、おこがましいことに、小さな小さな心の穴は、今もまだ埋まっていない。


言って欲しかった、なんて。
なんとなく、今日は一緒にいたかった、なんて。

―――贅沢もの。

もう一度、自分を窘めた。









「………か」
「…………」
「………すか」
「………ぅ……ん…」
「こら、明日叶」
つんつんと前髪を引っ張られる感触に、のろのろと目を開ける。
「!!ディオ!?」
がばっと飛び起きると、屈み込んでいたその影は、すっと後ろへ飛んだ。
「……っぶねぇな、当たるぞ」
「な、なんだよこんな時間に」
いつの間にか、そのまま眠ってしまっていたようだ。
濡れた髪のせいで、首元が湿って気持ち悪い。
枕元の時計は午前1時を示している。
ふと、嗅ぎ慣れない匂いが鼻を付いて、明日叶は顔をしかめた。
「ディオ、煙草臭い」
「……そうか?」
くんくんと自分の腕に鼻を寄せるが、すぐに肩を竦める。
「仕方ねーだろ、酒場にいたんだ。俺が吸ってたわけじゃない」
「酒場………」
別に驚くことではない。明日叶も何度か連れて行ってもらった。
酒を嗜むだけでなく、そこでは何か賭け事の類でも盛り上がっていたようだったから、そんな場所にいるだけでいっぱいいっぱいな自分と違い、ディオならば彼らとも楽しげに混じり合うことも普通なのだろう。
「楽しかったなら何よりだ」
なのに、なぜか今は言葉が刺々しくなってしまう。
日曜の夜、こいつがどこで誰とどんな風に過ごそうと、俺が指図出来ることでもないのに。そんなこと、分かっているのに。
硬質な声音に気付いたのか、ディオが顔を近づけてきた。
「ん、なんだ?ご機嫌ナナメなのか、ガッティーノ」
唇が触れ合いそうなほどの距離で、ディオの目が楽しそうに光る。
「別に………」
図星を指され、思わず顔を背ける。
子供っぽい仕草に、喉の奥で笑う声がする。
「別に、何でも無いって言って……!」
反論し終わる前に、強引に顎を戻されて口付けられる。
「………っ……」
「悪かったよ、明日叶」
唇を離すと、ディオは言った。
思いがけず真摯な声に、肩の力が抜ける。
「悪かった」
軽く頭を下げてくる相手を、明日叶は慌てて押し止める。
「な、なんだよ、謝ることないだろ?別に……」
「悪かった」
もう一度言って、今度はゆっくりとキスを落とされる。
優しく、柔らかな感触に、思わずうっとりと目を閉じる。
「これを」
「え?」
利き手を取られたかと思うと、何かを手のひらの上に乗せられる。
落とさないようにそっと引き寄せて見ると、そこには石が一つだけ付いた、華奢なシルバーの鎖が置かれていた。
「これを、お前に渡したくてな」
ちっと舌打ちして、ディオは言った。
「前々から目ぇ付けてたんだけどな。あんのジジイ、カードで勝たねぇと売れないとか抜かしやがって……」
しかも性質の悪いことに、俺が勝つために仕掛けてるとしたら、奴はなるべくゲームが長く続くするようにイカサマしてきやがる……
よりによって今日。あの暇人め、と苛立ったように吐き捨てた。
「これを?俺に?」
ぽかん、と馬鹿みたいに反芻する。
「ああ。貸してみ」
大人しく返すと、ディオは明日叶の首に前から腕を回した。
すぐ横にある髪からも、煙の匂いがする。
「似合うぜ」
少し離れると、満足そうに笑って、ディオが目を細める。
慌てて洗面台の前に走ると、鏡には金色掛かった紫という、不思議な色合いの石が胸元を飾っていた。
「これ……」
「ん?」
「た、高いんじゃないのか!?」
目に見えてディオが脱力する。
「お前な………んなこと気にすんじゃねぇよ」
後ろに立ったディオが、鏡越しに見詰めてくる。
「俺としては、違う言葉が欲しいんだがな」
「…………」

分かっている。
この男は、間違い無く知っていた。
きっと、ずっと前から。
そして、それを明日叶にも気取らせないように、こうして今、自分を喜ばせるために勝負に勝ってきた。
いつも余裕を崩さないディオが、さっき無意識にした舌打ち。
あの苛立ちは、よほどの面倒がこの贈り物を手に入れるためにあったのだろうことを簡単に想像させた。
(俺って、ほんと単純………)
眠りに落ちる寸前まで感じていた空虚な感じが、今ではすっかり払拭されている。
鋭い目元に甘やかな光を宿したこの男が、じっと明日叶の言葉を待っている。
―――が、上手く声が出ない。

ありがとう?
嬉しいよ?
違う。
どう言ったらいい。
どう言ったら伝わる?

飄々とした、常に第三者の姿勢を崩さないこの男が、自分の誕生日プレゼントを手に入れるためだけに、これだけの時間を、労力を、(きっと詐欺師としての技術も)費やした。―――他人の煙草の煙が、こんなにも染み付くほどに。
その事実が、たまらなく甘美で、心だけでなく身体まで痺れさせる。

「ディオ………」
「ん?」
促すように聞き返されて、明日叶は前を向いたまま言った。
「俺も、聞いてない」
わざとムスッとして言ってみる。
ごめん。
心の中で謝った。陳腐な言葉で、この気持ちを伝えてしまいたくない。
―――今は、まだ。
面白そうに眉を上げると、ディオが両手を伸ばしてくる。
「拗ねるなよ、ガッティーノ。まだ、夜が明けるまでは“今日”、だろ?」
抱きしめながら、肩に顎を乗せて甘えかかってくる。
「………早く、シャワー浴びてこいよ。……煙草臭い」
「へいへい。じゃ、借りるぜ?」
俺以外の匂いを付けるなんて、ぞっとしねぇしな。
ニヤニヤ笑いながらそう言うと、躊躇い無く服を脱ぎ始める。
慌てて洗面所から出ようとすると、声だけで引き止められる。
「ちゃんと起きて待ってろよ、ガッティーノ。まだ言ってねぇからな。………たっぷり祝ってやるから、な?」
ばたん!と乱暴にドアを閉める。
僅かに笑いを含んだその声音は、浴槽の壁に響いて明日叶をも震わせた。


(眠れるわけ……ないだろ!)
鼓動が早い。
目なんか、完全に冴えてしまった。
シャワーの音が聞こえ始める。
この音が止まったら。


その先を想像して―――期待しながら、明日叶は首元にそっと手をやった。









◆あとがき◆
ハッピーバースデー明日叶ちん!!
ままま間に合った………!!!今日中の掲載は諦めてたんですけどね。
やっぱど〜〜〜〜ぅしても書きたくて!勢いだけで書いちゃいました!
祝いに乗り遅れたのは、ディオだけでなく私もです……orz
とにもかくにも、おめでとう!!


2010.2.28 up







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