「ディオ、これ、うまいな」 「お、興さん。気に入りました?」 「うむ。あまい。うまい。」 もぐもぐと口いっぱいに頬張りながら、興さんが真面目に頷く。 確かに、ディオ特製のクリームパスタは絶品だった。 こっくりとした牛乳やバターの風味がちゃんと絡まっているのに、口当たりの方は全くしつこくなく、仄かな甘みと、白ワインだろうか、微かに感じる爽やかな酸味が否応無しに食欲をそそる。 「本当に美味しいよ、ディオ」 明日叶も素直に賛辞を贈る。 最初に食べたトマトソースも最高だったが、こちらも甲乙着け難く美味い。 正直、料理が得意だなんて意外だった。 時間は知れているが、メンバーの誰よりも一緒にいる時間が長いこの相手の知られざる特技を垣間見て、明日叶は内心嬉しくて仕方なかった。 詐欺師と称されるに相応しく、この男は『本当』を見せることが極端に少ない。 勿論、恋人である(と自分で言うのも未だに恥ずかしくて慣れないが)自分には、そうは見えずとも、彼の『真実』に辿り着くためのたくさんのヒントをばら撒いてくれているのは分かっている。 だが。 こうして「誰から見てもそうなんだ」という彼の資質を見られるのは、珍しくて、嬉しくて、なんだかほっとする。 『料理が得意なディオ』 それが明日叶が新たに知った、彼の一面だった。 「お前、思ったより食うな」 いつの間にか、ディオが隣に腰掛けていた。 横目だけで「そうか?」と問いかける。 「ほっそい身体してるし。普段、そんなに食べねぇだろ?珍しい」 覗き込んでくる瞳が、分からない程度に嬉しげに揺れている。 そんなことに気付くのも、きっと自分だけなのだと、思い上がりかもしれないが、ちょっと得した気分になる。 「だって、美味しいから。ディオの……作ってくれた、やつだし……」 後半は消えそうな声になってしまったが、ディオが期待した通りの答えを返せたようだ。ふっと目元だけで笑むと、片腕を伸ばしてきた。 「嬉しいこと言ってくれんじゃねーか、ガッティーノ」 「だから俺は―――」 恒例の問答を続けようとすると、その声を押し留めるように、ディオの指が唇に触れきた。 「ディ……」 輪郭をなぞるように、長く骨張った人差し指がそっと動く。 触れるか触れないかのぎりぎりの動きをみせた後、唇の端を掬うように指を曲げると、そのままそれを明日叶の口に含ませる。 「……ん……」 抵抗無く受け入れてしまった指を、自分の舌が反射のように舐め取る。 舌に、クリームソースの味が残った。 はっと気付いて、その行為に自分自身、恥ずかしくて赤面する。 慣れとは恐ろしい。 「……あんまりエロい顔、してんじゃねーよ」 明日叶の唾液で濡れた指を抜くと、見せ付けるように、今度はディオが自分の舌を絡ませた。 そのゆっくりとした仕草と、その言葉に既視感を覚え、明日叶の鼓動が跳ねる。 「っ………」 一気に、先日の記憶がフラッシュバックしてくる。 きゅ、と蛇口を捻る音が聞こえた。 それと同時に止む、水音。 急に降りてきた静けさの中、自分の心臓の音だけが、うるさいほど頭に響く。 勉強机に備え付いた椅子に浅く腰掛けたまま、身体は微動だにしない。 背後のドアが小さく音を立てた途端、全身がぴくりと跳ねた。 後ろから、影が近付いて来るのが分かる。 ふわりとボディソープの香りが鼻をくすぐる。―――自分と同じ、匂い。 そのまま背後から抱きすくめられた。 「なぁにビビってんだ?明日叶…」 蕩けるような魅惑的で低い声。 二人の時にしか聞かせない、最上級の甘さを含んだその声で名前を呼ぶと、ディオは椅子ごとくるりと明日叶の身体を反転させた。 「………っ」 長身を折るようにして明日叶を見下ろすディオは、タオル一つ身に纏うことなく、その立派な体躯を惜しげもなく晒していた。 目の遣り場に困って、思わず視線を逸らす。 その様子を見て、ふとディオが笑った気がした。 「怯えんなよ。噛み付きゃしねぇから―――今日はな」 濡れた髪が額を覆っているせいで、顔つきが少し幼く見える。 だが、チラチラと髪の間から覗く瞳の色は常と変わらず、真っ直ぐ射るようにして明日叶を見据えたままだ。 「明日叶」 もう一度、名前を呼ぶと、ディオはゆっくりと明日叶に口付けた。 小さく啄ばむような、軽いキス。 「ん………」 いつになく優しい動作に、ちょっと戸惑う。 触れ合った唇が、そっと離れてはまた近付く。 そのたびに静かに擦れる皮膚の感覚がくすぐったくて、明日叶は首を竦めた。 「ディオ………」 「んー…?」 合間に口を開くと、ディオは素直に顔を離した。 ―――いつもなら、すかさず舌でも入れてきそうなものなのに。 そう自分で想像しておきながら、明日叶はカッと頬を染めた。 「どうした、明日叶」 ディオが静かに問いかけてくる。 そうだ、違和感はもう一つ。 ディオは今夜、一度も明日叶を名前以外で呼ばない。 耳慣れたあの呼び方で。―――おかしい。 問いかけるようにな表情になった明日叶に、ディオは目元だけで笑った。 「なぁ明日叶」 そっと右手を明日叶の髪に差し入れながら、ディオが言う。 「今日はお前の言うこと、なんでも聞いてやるよ」 「え?」 「だーから。お前の誕生日だろ?なんでもしてやるって言ってんだよ」 長い指で襟足にかかる髪を弄びながら、さぁ、と冗談めかした声が明日叶を優しく急かす。 「なんでも仰せのままに?―――どうしてほしい」 ぞくり、と身体の中を小さな震えが走った。 誰にも膝を折らない、獣の王者のようなこの男が。 今はじっと、明日叶の言葉を待っている。 けれど、最後の一言を囁いた時、明日叶には見えた気がした。 牙を隠して、小さく舌なめずりする、獣の笑い顔が。 「ほら、どうすんだ?」 明日叶が言葉を紡げずにいると、ディオは本当にその場に黙って立っていた。 拭いきれていない水滴が、髪を伝って小さく床に染みを作っている。 それを目で追いながら、明日叶は必死で頭を巡らせていた。 ―――時間だけが過ぎていく。 「ま、何もしないでいいってんなら、このまま寝ようぜ」 しばらく待った後、事も無げにそう言うと、ディオは脱衣所に置きっぱなしだったタオルを取ろうと身を翻した。 「待っ………」 思わず手を伸ばして腕を掴む。 無意識だった。 掴まったディオは、大人しく立ち止まる。 「どうした?」 「…………」 根気強く、ディオは待ってくれている。 「あの……!」 ばっと顔を上げると、その視線が交わる。 穏やかだが、何を考えているか微塵も感じさせない凪いだ目が、明日叶を迷わせる。 いつもみたいに。 いつもみたいに、強引に求めてくれれば。 ―――抵抗、しないのに。 そんな考えを見透かしたようなタイミングで、ディオがもう一度言った。 「今日はお前の誕生日、だろ?だから、お前の好きなようにさせてやる。逆に、俺からは何もしない」 聞き方によっては意地悪にしか思えないセリフを飄々と吐いて、ディオは選択肢を丸投げする。 いつも、なんやかんやでディオから仕掛けてくれることに安穏とし甘えきっていた自分を言外に責められたようにも思えて、明日叶は気まずく思った。 対等に、と。 そう望んだのは、自分だったはずなのに。 反省し、自己嫌悪に陥りだした明日叶を、ディオが慌てて嗜める。 「おいおい、真剣に悩んでくれるな。別に含みなんてねーって」 その言葉で、明日叶の考えなどとっくに見通していることも分かってしまうが。 それでも、とディオは続ける。 「たまにはお前に求められるのもいいだろ?」 悪戯っぽく瞳を煌かせる。 明日叶は意を決して言った。 「ディオ」 「ん?」 「俺に……キス、して、ほしい」 恥ずかしくてたまらない。 腕を掴んだまま俯いて、消え入るような声で呟いた。 と、もう片方の手が顎を救い上げる。 同時に、優しいキスが降ってきた。 「………ん……」 ゆっくり目を閉じようとすると、すっと唇を離される。 「……ぁ」 思わず強請るような声が漏れて、自分でも驚く。 「で?」 ディオが腰を折って見下ろしたまま、笑いながら促してくる。 突き飛ばして逃げ出したいくらい恥ずかしいが、何よりも自分の身体がそれを許さない。先ほどからの優しすぎるキスのせいで、小さな火はとっくに全身に灯り始めている。 「………もっと」 「んー?聞こえねー」 「………もっと………、深く、して……ほしい」 「了解」 すぐに、今度は深く口付けられた。 長い時間をかけて、ゆっくりと唇の感触を味わい尽くすかのように。 「し………」 「し?」 「舌………いれて、くれないのか………?」 「ん」 恐る恐る口にすると、ディオはちゃんと応えてくれた。 「………んっ………ふ……」 そっと侵入してきた大きな舌が、明日叶の口の中を丁寧に舐め上げる。 唇の裏、歯、舌先。 上顎をざらり、と舐められた瞬間、思わず息が漏れた。 「ふぁ………っ………ぁ」 ぞくぞくと背中が粟立つのが分かる。 長い口付けで明日叶が飲み込め切れなかった唾液を、舌で掬い取ったディオがまた囁く。 「次は―――?」 理性が、欲望に負け始めた瞬間だった。 とさり。 そっとベッドに横たえられた。 椅子から立ち上がりながらずっとキスを交わし続け、ベッドに倒れ込む頃にはすっかり足が崩れてしまいそうになっていた。 そんな明日叶を片手で支えて横にすると、ディオは覆いかぶさったまま、じっと待っている。 「俺はどうすればいい?」 煌く瞳を隠すことなく、根気強く尋ねてくる。 「服………を」 恥ずかしさにも、少しずつ慣れてきた。 というよりも、恥ずかしいと思う気持ちよりも、早く、早く、と急かす気持ちの方がずっと強いせいだ。少しずつ、躊躇いを無くしていく自分が恐ろしい。 「服を?」 鸚鵡返しに聞き返すディオを睨むように見て、明日叶は口にする。 「服を、脱がせて………」 「分かった」 長い指が器用に動き出す。 パジャマのボタンを上から一つずつ、確実に外していく。 少しずつ外気に触れていく肌が、さわさわと波立っていく気がした。 「………ぅぁっ……!」 ボタンを外す指がある一点を掠め、思わず鋭い声が上がる。 「どうした?」 じんじんと、たった一瞬触れられただけにすぎないその場所が疼き出す。 どうして。 与えられることに慣れた身体が、自分で意思表示しないと与えられないという不便さに不満を漏らしているように、じくじくと体内を攻め立てる。 身体の中で、コポコポと音を立てて熱湯が溢れているような気さえする。 手を止めて、ディオは明日叶の言葉を待っている。 ―――わかっているくせに。 「言わないと、分からねぇ」 面白そうに眉を上げる顔が、癪に障ると同時に、艶めいて見えて――たまらない。 「さわって………」 「どこを?」 「今……の、とこ……!」 「今の?」 意地悪く手を伸ばそうとしないディオの腕を、思わず取って導いてしまう。 「…………ここ、な?」 くすり、と笑うと、ディオは求めていたところに正確に触れてきた。 「うぁ………ぁん……っ」 びっくりするほど甘い声が漏れる。 パジャマの布越しに触れられた二つの突起は、微かな刺激にも敏感すぎるくらいに反応した。手のひら全体でなぞるように擦られると、それだけで身体が燃えるように発熱する。 ゆったりとした緩慢な動きが焦れったくて、明日叶は思わず叫んだ。 「もっと………!」 「もっと、?」 「お、願い……強く……」 「触るのか?」 「あぁ……ぁ………っ……!!」 言い終わる間もなく、片方を爪で引っ掻かれる。 強すぎる刺激に、背中が弓なりに撓った。 そうすることでまたディオの指先を先端に感じてしまい、明日叶は小さく悲鳴を上げる。 「あっ……あっ……あぁ……」 涙で視界がぼやけてくる。 その間も、器用に動き続ける指が、胸元に快感の波を立て続ける。 「やっぁああ………」 くり、と親指と人差し指で先端を摘まれると、明日叶は思わず頭を振った。 もう、布が触れているだけで感じてしまう。 「たの、む……脱がせて………」 「了解」 残っていたボタンを一つ残らず外し終えると、ディオはそっとパジャマの前を肌蹴た。 「おね、がい………」 「ん?」 「胸、が………」 「どうした?」 からかうような声音は、もう気にならない。 「じんじん、する………からっ………」 たまらず溢れた涙を舌で舐め取って、ディオが助け舟を出す。 「今度は、優しく、な」 「………っぁ!!!」 そのまま、腫れた乳首を口に含まれる。 指とは違う、粘着質で柔らかな感触で、痛みに近い快感を優しくあやされる。 「はぁ……っあ……ああぁぁ……っ……ぁ」 舌全体で舐め上げられたかと思えば、舌先で転がされるように突かれて、明日叶は絶え間なく零れる矯正と涙を止めることが出来なかった。 「気持ち良いか?」 優しすぎる声が耳元で尋ねる。 「ん………っ……うん………っ……」 夢中で頷きながら、ディオの舌を感じる。 「お前、好きだもんな、ここ」 ぴちゃぴちゃとわざとらしく音を立てて舐めながら、ディオが嗤う。 赤く腫れあがった突起に吐息が触れ、その熱さにまた熱が上がる。 「なぁ、明日叶」 「………ん、な……に……?」 息も絶え絶えに聞き返すと、ディオが言った。 「お前、ここだけでいいのか?」 その言葉の意味に思い当たって、明日叶はどくり、と自分の心臓が一際大きく波打ったのを感じた。 「さっきから、すげぇ当たってんだけど」 「…………っ!!」 楽しそうに目を眇めると、自分の腹で「ほら」とその場所を擦る。 「あ………っ………!」 とっくに勃ち上がったそれは、覆いかぶさるディオが身体を動かすたびに、僅かに擦れては熱を増していた。もう、パジャマのズボンの下で、それは限界なくらいに存在を誇示している。 「すげぇな……まだ、触ってもねぇぞ?」 「言わ………い…で……」 羞恥心で頭がおかしくなりそうだ。 咄嗟に両腕で顔を隠そうとすると、強い力でそれを外される。 「言えよ、明日叶」 幾分か、強い口調が明日叶を促す。 「お前がしてほしいこと、望んでること、全部言え。ちゃんと聞いてやるから」 深く低い声が、明日叶を包む。 大きな手が、汗で張り付く前髪を優しく梳いてくれる。 「俺が……俺だけが、お前の我侭、全部聞いてやるよ明日叶……」 切ないほど甘い言葉に、最後の砦が崩れた。 「………ね……がい……」 「ああ」 「全部……ぬぎたい……」 「分かった」 片手で一気に明日叶のズボンと下着を剥ぎ取る。 「さわって………ほし……」 「いいぜ」 前髪を梳く手はそのまま、その肘で身体を支えつつ、ディオはもう片方の手を下腹部に伸ばした。 無骨な大きな手が、指が、明日叶の熱の塊をそっと包み込む。 「はっ………あああ……っ……だ……め……!」 それだけで、張り詰めた糸が千切れそうになる。 「駄目って……明日叶、でもお前、」 「いわな………で………っ……」 ディオが苦笑する。 言葉とは裏腹に、握りこんだディオの手の中で、明日叶が微かに身動ぎしている。 「ぁ…っ……あ……っ……はっ………ぅ」 微かに、だが、確実に、浮いた細腰が前後して、明日叶自身を追い込んでいく。 ディオは明日叶の好きにさせたまま、その動きを見守っていた。 「ディオ………でぃ、……お………」 「ああ、聞いてるぜ」 「もっ………俺………」 「ああ。いいぜ、好きなようにして」 「……んな、いい……方………」 眉根を寄せて泣きそうな顔になる明日叶に、ディオは笑んでキスを落とす。 「違うって。お前の自由にしていいって言ってんだ。俺には、お前の『本当』、見せてくれるんだろ?」 幼子をあやすような声音で、宥める。 同時に、ぎゅっと包んだ手に力を込める。 「ぅあ……っ………!!あっ…あっ……あっ……ぅ―――!」 小刻みだった動きが、一度だけ大きくゆっくりになると、その瞬間、はち切れそうになっていた明日叶の熱が、一気に放出された。 白濁した液体が、ディオの手と、明日叶の腹を広く濡らす。 どくどくと脈打つ明日叶自身を手に収めたまま、ディオは明日叶の腹に顔を伏せた。 「ん……っ……」 ぺろり、と欲望の名残を舐め取ると、そのまま明日叶に口付けする。 「ごちそうさん」 「………っ!」 熱に浮かされたように虚ろだった目が、一気に覚醒する。 口の端を吊り上げるように嗤うその顔を、真っ赤にした顔と目が非難するように見上げてくる。 ―――が、次の瞬間、明日叶はさっと青ざめた。 「ディオ………!ごめん………っ」 「あ?何が」 自分だけ。 甘やかされるままに、自分だけ、気の済むまでディオを利用した。 優しい声と言葉に、上手く乗っかる振りをして。 「んだよ、いいって。お前の誕生日だろうがよ」 平然と言うが、何とも無いはずがないのは明日叶が一番よく分かっていた。 躊躇いながらそっと手を伸ばすと、僅かにディオが低く呻いた声が聞こえた。 身体と同じく堂々たる質量のそれに、少し身が竦むが、それを上回る期待感がどうしようもなく明日叶の身体を焦がす。 「ディオ………」 「だーから、俺はいいの。お前がどうしたいか、だろ」 そんなの。 そんなの―――決まっている。 「ディオ………」 今夜、初めて真っ直ぐディオの目を見詰める。 「お前が…………ほし、い」 自分の言葉に煽られて、さっき出したばかりの熱が、また集まってくるのが分かる。 ディオは、一瞬驚いたような顔をしたものの、一転してニヤリ笑った。 「―――言ったな?」 声まで変わっている。 優しく甘く、諭すようにあやすように囁いた声は、今ではただ熱く、狂おしいほどの欲望の色が滲んでいる。 今まで耐えていた分か、いつもより獰猛さを増したような気のする瞳の色に、思わず恐怖感が這い上がるが、それすら肌を煽る熱に変わる。 ぞくぞくする。 「ああ、言った」 明日叶はもう一度繰り返した。 「お前が……ほしい……ディオ………」 「優しく?それとも、激しくか?」 最後まで自分の意思を尊重しようとしてくれるディオの態度に思わず笑ってしまいながら、明日叶はそっと口を耳元に寄せて囁いた。 「くっ………贅沢だな」 答えを聞いて、獣が嗤う。 牙を隠そうともせずに、獣が嗤う。 自分を身体ごと食い尽くそうとするその獣を抱きしめるように、明日叶は腕を回した。 たちまち唇を奪われ、乱暴なまでに口内を蹂躙される。 「ん……ふ……っ………」 たまらず息を漏らすと、『いつもの』ディオが凶暴な笑顔で言った。 「……あんまり、エロい顔、してんじゃねーよ」 獣の舌なめずりが、確かに見えた。 「なぁに赤くなってんだよ」 からかうような楽し気な声に、はっと我に返る。 「明日叶ちん、どしたの?眠くなっちゃった?」 「おれも、ねむい」 ニヤニヤ笑うディオの横から、ヒロと興さんがひょこっと顔を出す。 「いや〜?逆だろう。眠いどころか……なぁ?ガッティーノ」 図星を指されて、一気に顔に血が上る。 「???目ぇ醒めちゃったの??」 「あすか、すごいな」 「案外夜型なんだねぇ明日叶ちん」 「……………」 「ちょ、興ちゃん!今ここで寝ないで!!」 的外れな会話を続ける二人を尻目に、ディオはニヤニヤ笑いをやめない。 「…………なんだよ」 拗ねるような口調が、よりディオを喜ばせるだけだと分かっているのに、思わず口にしてしまう。 「というわけで」 ディオが立ち上がると、亮一さんに暇を告げる。 「にーさん、俺たち、もう戻るわ」 「お?そうだな、もうこんな時間か」 「楽しかったねー♪明日叶ちん」 「ふぃ〜……もう食べれないッス………」 「……っ、後片付け」 しなきゃ、と周囲を見渡すと、いつの間にかテーブルは綺麗に片付いている。 ぼんやりしている間に、今、自分が持っている皿以外、全て片付けられてしまったようだ。 「あの!あの、すみませ……!!」 冷や汗が出た。 祝ってもらっておきながら、片付けすら手伝わないなんて。 「はい、謝らない〜〜!明日叶は主役なんだから、当然だろう?」 「そーそー。っていうか、料理はほとんどコイツが食べ切ったし」 「う〜……幸せッス〜〜………ふふふ」 「楽でしたねぇ。残り物が無い後片付けほど、ありがたいものはありません」 「皿は自動洗浄だしな。あとはお前のその皿だけだ」 「あ、洗ってきます!!」 慌てて皿の上に残ったパスタをかき込むと、明日叶は厨房へ走った。 「んじゃま、今日はこれでお開きってことで〜」 「明日叶ちん、おめでとうね〜〜!」 「うむ」 「あの!あの、本当にありがとうございました!楽しかったです」 厨房から再び走り出て、ぺこりと頭を下げる。 嬉しそうに笑いながら、メンバーが食堂を出て行く。 「また明日、明日叶」 「おやすみ」 ほんわかした幸せな気持ちのまま、最後まで仲間を見送って、明日叶はまた洗い場に戻った。 ―――否。 最後の一人が背後にいる。 「あ〜すか〜〜」 「……なんだよ」 ぶっきらぼうな言い方になるのは、仕方ないと思ってほしい。 「なぁ、まだ顔、赤いぜ?」 「……!お、重いだろ肩!どけよ」 後ろからぎゅっと抱きしめて邪魔する大きな身体。 「終わらないだろ!?」 「な〜、何考えてたんだ………?」 意地悪く蒸し返す恋人を、もう!と明日叶は睨みつける。 「お前が、優しいなんて、おかしいと思ったんだ!」 「俺はいつも優しいだろ?」 すっとぼけられる。 「違う!あの時………」 そこまで言って、言葉を飲み込む。 誕生日の日の夜。 あの後、どうなったか。 思い出すだけでも顔が、身体が火照って仕方ない。 限界ぎりぎりまで飢えた肉食獣を、ご馳走の目の前で檻から出したような、あの瞬間。 恐ろしい……と、今となっても心底震えが襲う。 でも、とディオが囁く。 「嫌じゃなかっただろ?」 「…………知るか!!」 くつくつと笑いが降ってくる。 散々その獣に食い掛かられて、それでも恐怖以上に快感を感じまくっていた自分を思い出すたびに、空恐ろしくなる。 「あの時のお前、素直で可愛かったぜ?」 「……っ五月蝿い!」 「なぁ明日叶」 ふいに真剣な声で呼ばれる。 「なん………」 だよ、と言う前に、肩越しに唇を奪われる。 ゆっくりと、優しいキス。 ―――嫌な予感がする。 「………いやだ」 「今日も、誕生日みたいなもんだろ?」 「違う!今日は、えっと、誕生日パーティの日だ!」 訳の分からない問答を繰り返す。 「ふーん。じゃ、別にいいぜ?」 それはそれで、と言いながらディオは明日叶の身体に指を這わし始める。 「でぃ、ディオ………!」 「どっちでもいいって言ってんだよ」 「い、やだ……ここじゃ………!」 そう言った途端、言質をとったとばかりに、ディオが明日叶を抱え上げた。 「ちょ……!ディオ!!おろせ!!」 「やなこった」 ここじゃなきゃいいんだろ? 少々子供っぽい物言いで、ディオが舌を出す。 「誕生日記念、第二ラウンドと行こうぜ?」 抱き上げたまま耳朶を優しく噛む。 ああ、もう……… この後のことを考えて、明日叶は眩暈を覚えた。 誕生日。 幸せな日なはずなのに。 いや、幸せなんだけど。 幸せすぎて。 ―――おかしくなりそうだ。 甘い眩暈に、明日叶は素直に白旗を揚げることに決めた。
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◆あとがき◆ 明日叶BD、続編でした〜♪先週アップしたBD記念ssの“その後”でした。 初めてまともに、所謂そーゆーシーンを書きました(笑) こ、こんな感じでいかがでしょう……(汗) 「おねだり明日叶ちん」と「従順イルマーゴ」が書きたかったんですが…… なんか微妙に間違った気がするのは気のせいでしょうかね……?orz 2010.3.7 up |
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