「セン、パイ………」 耳元で、甘く掠れた声が囁く。 「好きだよ、センパイ………マジで、すげぇ好き……」 「ぁ……っん………」 腰ごと抱えあげられ揺さぶられて、激しすぎる快感に瞼の裏で白い光が弾ける。 「好き……明日叶センパイ……っ」 ストレートな言葉は鼓膜を皮膚を通して熱となり、明日叶の全身に染み渡っていく。 「センパイ、は……っ……?オレのこと、ちゃんと、好き……?」 少しずつ切なげに上擦ってゆく声が、確かめるように問うた。 「う………ぁあっ……やっ……ぁ」 その最後の瞬間、一番敏感な場所を抉られて、明日叶はその問いに答えられぬまま、意識を手放した。 「うわっ、マジでーー!?」 ラウンジで寛いでいると、テーブルに座ったヒロが素っ頓狂な声を上げた。 「なんだよヒロ」 ディオがちょっと興味をそそられたように、その手元を覗き込む。 そこには、広げられた一冊の雑誌。 その一箇所を指差して、ヒロが言った。 「このカップル!破局してたんだってー。知ってた??」 「あん?……あー、ほんとだ。知らなかったな」 「でっしょー!?この間まで、散々『オシドリ夫婦〜』とか『世紀のベストカップル〜』とか騒がれてたくせにさー。えーと、離婚原因はっと……」 ヒロが雑誌に目を落とす。 どうやらゴシップ記事を読んでいるらしい。 二人の会話から察するに、かなりの大物芸能人カップルの破局報道が話題のようだ。 あまり興味の無い分野なので、明日叶は自分の読んでいた本に再び目を落とす。 ―――と。 「うっそ!これ、男の方から言い出したことだってさ。えー!?だって、この人たち、男側が大プッシュしてようやくゴールインしたんじゃなかったっけ!?」 ヒロがまた叫ぶ。 大女優に恋した若手俳優が、それはもう熱烈なアプローチを繰り返して、やっと結婚に漕ぎ着けた。ヒロの話からすると、そんな馴れ初めのカップルらしい。 驚きを隠さないヒロに、ディオが皮肉な笑いを浮かべて答えた。 「どうせ『愛されて当然』とか、思っちまったんだろ、女の方が。好きだ、愛してると毎日囁き続ける男に慣れきって、自分から愛情表現すんの疎かにしたんだぜ、きっと」 その言葉に、なぜか明日叶の身体がぴくりと反応する。 はん、と馬鹿にしたように笑うディオの声が、冷たい刃のように胸に刺さった。 「莫迦な女だな。求めよ、されば与えられんって言うじゃねぇか」 「だねー。甘えと怠慢は違うもんねぇ。恋愛は平等じゃなくちゃ」 「その通り」 ヒロとディオは、すぐに別の話題に移ってしまった。 けれど、明日叶の頭から二人の会話が離れることはなく。 読みかけの本をテーブルに置いて、思わずソファから立ち上がった。 「お?明日叶、寝んのか?」 気付いたディオが軽く手を挙げてくる。 「おっやすみ〜、明日叶ちん♪」 同じくひらひらと手を振ってくるヒロにもぎこちない笑みを返して、明日叶は外へ飛び出した。 寮の玄関まで走り降りると、その横手には見慣れたバイクが停まっていた。 ということは、尋ね人は既に戻っているということだ。 すれ違ったことを知って、明日叶は踵を返した。 じりじりしながらエレベーターに乗って、再び8階に戻る。すると、間を空けず階段から足音が降りてきた。 「あっ、明日叶センパイ!」 タオル片手に、太陽が姿を見せる。 ほかほかと身体から湯気を立ち上らせているのは、階上のジャグジーで汗を流してきたからだろう。 明日叶の顔を見て嬉しそうに笑う太陽に、走り寄って抱き付く。 「ぅえ!?えっ!?ど、どうしたのセンパイ」 突然の意外な行動に、わたわたと太陽が動揺する。 そんなことにも構わず、胸元にしがみついたまま離れようとしない明日叶の様子に異変を感じたのか、一瞬固まった太陽だったが、うん!と一つ頷くと、ひょいっとその身体を抱き上げた。 「うわ!」 思わず声を上げた明日叶にへらっと笑いかけて、太陽が歩き出す。 「とりあえず、オレの部屋、行こ?」 普段なら、誰に見られるか分からないこんな場所で、こんな格好をさせられることに明日叶が反論しないわけがない。 だが、なぜか今夜の明日叶は、恥ずかしそうに太陽の首下に顔を埋めてはいるものの、拒否の言葉も嫌がるそぶりも見せない。 ますますもって不可思議な状況に首を捻りながら、太陽は器用に明日叶を抱きかかえたまま自室の扉を開けた。 電気を点けっぱなしにした明るい部屋に入って、とりあえず明日叶を降ろす。 俯いたまま何も言わない明日叶を覗き込むようにして尋ねた。 「……ね、センパイ。どうしたの?何か」 あった? そう聞こうとした太陽の言葉は、明日叶の唇に吸い込まれて消える。 「………っ」 「ん………っ……」 唐突なキスに一瞬面食らうが、切なげに漏れた明日叶の吐息に、我に返る。 そういえば初めてだ。 ぎこちない口付けに応えながら、太陽はぼんやりと頭の片隅で思った。 明日叶からのキス。 恋人同士になってしばらく経つが、そういえば初めてだ。 事態はまだ飲み込めないが、じわり、と何とも言えない感覚が湧き上がってくる。 (どうしよう) 太陽はざわざわと波立つ自身の心を、必死で律していた。 (………可愛い) 大切な人に、明らかに何かあったはずなのに、それを追求してやることすら覚束ない。 慣れた感触のはずなのに、くらくらと軽い眩暈を覚える。 年上の恋人の、なぜか切羽詰った口付けに酔いそうになりながら、太陽はそっと腕を回した。 一方、明日叶は明日叶で必死だった。 廊下で抱き付くなんて、普段の自分からは考えられないことだ。 けれど今は、誰かに見られたらどうしようとか、そんなことは考えていられなかった。 気付くと、その胸に縋り付いていた。 抱き上げられた時も、部屋に降ろされた時も。 絶えず明日叶を急かしていたのは、ひどい焦燥感。 心配そうに覗き込んできた太陽の唇を、強引に奪って口付けた。 驚いて見開かれた瞳が気まずくて、思わず自分の目を閉じる。 夢中で貪った。何度も何度も、角度を変えて。 時折漏れる自分の吐息が、浅ましいくらい切なくて恥ずかしいけれど。 おずおずと伸ばされた腕が緩く腰を抱くと、明日叶は一層深く唇を重ねた。 「ど…したの、センパイ……?なにか、あった……?」 キスの合間に、ようやく太陽が口を開いた。 熱に浮かされたように上擦った声音は、今まで聞いたことのないもので。 自分から仕掛けておきながら、明日叶はどきりとする。 「………いや、なんでも、ない」 「なんでもないって………」 頑なに否定する明日叶に、太陽は怪訝な表情を崩さない。 ふと、明日叶が顔を上げて、ぽつりと尋ねる。 「こんな俺は、嫌か……?」 不安げな弱々しい言葉に驚いて、太陽は思わずブンブンと首を振る。 「いやっ、嫌なわけないっス!嬉しいっス、けど……」 「じゃあいいだろ」 言葉少なにそう切り上げると、明日叶は太陽の手を取った。 そのままベッドまで引っ張って行き、トン、と肩を押す。 「ちょ、ちょっ、明日叶センパイ?」 ベッドの端に腰掛ける格好になった太陽が、焦ったように見上げてくる。 その額にちゅ、とキスを落とすと、明日叶は僅かに目を逸らして言った。 「今日は、俺が、する………から」 「……へ?」 何を?と聞く暇も無く、明日叶が床に跪く。 そっと宛がわれた手の中で、びくりと太陽自身が跳ね上がるのが分かった。 まさかの展開に、『嬉しい』とか『やった!』とかいう感情よりも、正直驚愕の方が強い。 硬直した太陽だったが、情け無いくらい身体は正直で。 そろそろと動き始めた愛しい人の指先の感触に、思わず息を呑んだ。 「うっ…………」 ちゅくちゅくと、粘っこい水音が室内に響く。 噛み殺しきれなかった呻き声が、頭上から降ってきた。 鼓膜をくすぐるその熱い息が、明日叶の中の“何か”を煽り立てる。 ―――ぞくぞくする。 「たいよ………、気持ちい………?」 急激に成長した恋人の分身に、丁寧に舌を這わせながら尋ねる。 ちら、と目線だけで上を窺うと、苦しげに眉を寄せた太陽がへらっと笑って見せた。 「ん、…すっげ、気持ちい……よ」 手の中で、それがまた質量を増す。 不慣れながらに、歯だけは立てないよう、そろりそろりと舌先を滑らせる。 いつも、恋人がしてくれているように。 必死で思い返しながら、探るように愛撫する。 自分を満たしてくれる、愛しい存在が、今、自分の手の中に在る。 自分の唇と舌に感じ、ひくひくと震えるように涙を零している。 それがたまらなく嬉しくて、明日叶は夢中で舌を動かした。 「………っぁ………っ」 筋の部分を舐め上げた時、一際くぐもった悲鳴が聞こえた。 くしゃり、と髪を優しく掴まれる。 と、そっと、そのまま顔を離された。 「明日叶センパイ……、も、ダ〜メ………」 言い諭すように苦笑する太陽に、目線で反論する。 「ダメ、だって……このままじゃ、やべぇもんオレ………」 太陽は困ったように首を振った。 「駄目、なのか……?」 悲しそうに目を伏せる明日叶に、うっ、と太陽が言葉を詰まらせる。 「ちが、だから違うんだって!そう、じゃなくて」 上気させた頬を明日叶に近づけるようにして、太陽は囁いた。 「オレは、センパイの中の方が、いい」 あまりに直接的な懇願に、明日叶の顔に熱が上る。 それを見て悪戯っぽく笑った太陽だったが、次の瞬間、ますます混乱に陥る。 「……わかった」 一言呟いたかと思うと、立ち上がった明日叶に両肩を突いて押し倒された。 「えっ、えっ、えっ!?」 もう訳が分からない。 何が起きているのか分からないままに、明日叶が上に覆い被さってくる。 「今日は、俺が…するって、言っただろ」 怒ったような声には、限界ギリギリの羞恥心が隠されている。 それが分かってしまうだけに、太陽はその現実を信じられずにいた。 仰向けになった太陽の腰の位置に膝を立て、完全に直立した雄の部分を手にした明日叶は、その濡れた先端を自らの後ろに宛がった。 そのまま、擦り付けるようにして腰を動かす。 「……ぅぁっ……ん……っ」 「…………!」 先端を掠める感触と、あまりの扇情的な光景に、下腹部の熱は暴発寸前だ。 それを懸命に堪えて、太陽は明日叶を見詰め続けた。 「はぁ………っ……」 しばらくして、大きく息を吐いたかと思うと、そろそろと明日叶は腰を下ろし始めた。 ずぶずぶと、太陽の分身がその身体に収まってゆく。 「ああ……っ……!はっ……ぁ……ぁあ……」 甲高い嬌声が、淫靡な水音に重なって太陽の鼓膜を犯す。 「キっ……つ………っ」 あまりの狭さに、思わず押し殺した声が出た。 怯えたように動きを止める明日叶に慌てて笑みを返すと、太陽は利き手を伸ばした。 「あっ…!」 いつの間にかそそり立ったまま、行き場を無くして泣き続けていた明日叶の分身に優しく指を絡めると、瞬間、明日叶の身体の力が抜けた。 「あああっ………っ」 そのまま一気に飲み込んでしまう。 ひくひくと絡み付いてくる中の熱に耐えながら、太陽はゆるゆると腰を前後させた。 「あっ…あっ…………」 汗を滴らせ、眉を寄せて喘ぐ明日叶がひどく妖艶で、太陽はたまらず言った。 「センパイ、……ごめん、もう、限界……」 自分の声が、これ以上ないというほど潤んでいるのを自覚する。 動いていい?と半分泣きそうになりながら聞くと、明日叶はぎこちなく何度も頷いた。 「………っ」 「あっ、あっ、はっ………んぁ……あ……!」 両手で腰を掴み、深く突き上げる。 初めて『求められた』感覚に、もう、自分でもどうしようもないほど猛ってしまっているのが分かる。それでも、自制なんて言葉はとっくにどこかへ飛んでしまっていた。 (ごめん、センパイ………っ…) 心の中で謝るが、それとは裏腹に、身体は明日叶を追い詰めてしまう。 「……ああっ……たいよ………っ……!」 腹の上で明日叶が大きく身震いしたかと思うと、太陽に絡みついた壁が一気に収縮する。 「………っぅ……」 生暖かな液体が滴り落ちてくるのと同時に、太陽も明日叶の中に熱の全てを注ぎ込んでいた。 「センパイ?」 つんつんと背中を突く。 「ねぇ、明日叶センパ〜イ」 あっちを向いたままてこでも動かない明日叶に、途方に暮れたように太陽が息を吐く。 「どうしたの?センパイ。今日、なんかすげぇ」 「それ以上言うな」 ぴしり、と厳しい言葉が返ってくる。 が、その耳が、これ以上無いくらいに赤く染まっていて。 それを見てふと笑うと、太陽は背中から腕を回して抱き締めた。 「どうしたの、センパイ」 優しく話しかける。 「言ってくれなきゃ、わかんないよセンパイ…」 その言葉に、腕の中で微動だにしなかった明日叶がくるりと反転した。 「センパイ?」 それでも顔は見えない。 押し付けるように太陽の胸に顔を埋めた明日叶は、ぼそぼそと呟いた。 「……え?なんて、センパイ」 聞き取れずに、太陽が聞き返す。 「……ごめんって言ったんだ!」 ばっと顔を上げた明日叶は、首から上、熟れたトマト顔負けに染まっていた。 「……へ?何が?」 きょとんと問い返すと、目を逸らしたまま明日叶は続けた。 「俺…、お前みたいに、思ってることちゃんと言葉にするの、苦手、だから。その……いつもお前は、ちゃんと言って、くれるのに……俺は、あんまり、その……」 たどたどしい口調で、一所懸命話す明日叶を、太陽は思わず抱き締め直した。 「好きって?」 「……………うん」 どうしようもなく好きでたまらないのに。 感情を言葉にするのが、我ながら憎らしいほど苦手で。 中々伝えられずにいた。―――けれど。 ヒロとディオの会話を聞いて、正直ぞっとした。 苦手だなんだというのは、結局のところ言い訳でしかないのではないか。 太陽が絶え間無く言い続けてくれることに慣れきって、自分の気持ちを伝えることを疎かにしていただけなのではないか。 思えば、告白も、キスも、普段のセックスも。 いつも太陽が与えてくれるばかりだった。自分はいつも、受身で。 そう思い当たった時、唐突に恐ろしくなった。 あのカップルのように。 いつかこの大切な人を失くしてしまうのではないかと。 そしてそれは、間違い無く自業自得なのだと。 そう思ったら、もう居ても立ってもいられなくなった。 せめて、その、態度で示そうと思って……… そう締めくくる明日叶に、太陽は朗らかに笑った。 腕の中から、明日叶が恨めしげに見上げてくる。 「笑うな……っ……俺は、真剣なんだ、から……」 気落ちしたように小さくなる明日叶に、太陽は笑って言った。 「オレ、自分の気持ちが一方通行だって、思ったことないよ」 鼻先に小さくキスされる。 え、と明日叶が顔を上げる。 「この間のは、ごめん。センパイの口からも聞いてみたかっただけなんだ」 『オレのこと、ちゃんと好き?』 先日、行為の最後にそう尋ねた太陽に、明日叶は返事を返せなかった。 そのことを気にしてたんだよね?と、太陽が申し訳なさそうに眉を下げる。 「ごめん。ちゃんと分かってるよ。センパイがオレのこと、すごく好きでいてくれるって」 聞き様によっては随分な自信家にも聞こえるセリフ。 けれどそれは事実だったから、明日叶は素直に頷いた。 「だって、センパイ」 少し悪戯っぽい声で続ける。 「センパイの身体、すっげぇ正直だもん。いっつもオレのこと、『離したくない』って言ってるんだよ……?」 さらりと告げられた恥ずかしい言葉に、またしても明日叶の顔が発熱する。 ばふっと枕を投げつけて、今度こそそっぽを向いてしまった明日叶を、太陽は懲りずに抱き締める。 「ね、明日叶センパイ。それって、オレの思い上がりじゃないよね?」 「知るか馬鹿!」 罵る声も、自然弱くなる。 くすくす笑いながら擦り寄ってくる太陽に、きっかり10秒沈黙した後、大きく息を吸って明日叶は呟いた。 「ちゃんと、好きだから」 「………うん」 振り絞るような声に、太陽が優しく頷く。 「オレも、どうしようもないくらい、センパイのこと、好きだよ」 「………ん」 「好ーき、センパイ」 「うん」 「大好きだから」 「分かってる」 「センパイは?」 「…………好きだ」 「へへっ……うん」 とろとろと、互いの体温でまどろみに落ちるまで、延々と言い合っていた。 一足早く眠りに落ちた明日叶を背中から見詰めながら、太陽は静かに呟いた。 「ちゃんと伝わってるけど、でも……やっぱ嬉しかったっスよ?」 小さく笑うと、目の前の柔らかな髪に額を擦り付けて目を閉じる。 好きだよ、センパイ。 最後まで言い終われぬまま、太陽も満たされた眠りについた。 |
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◆あとがき◆ 勝手にやってなさいよこのバカップルーーー!!!って話です(笑) わんこの積極性に甘んじてる自分を自覚して、危機感持った明日叶ちんを書いてみました。 別名、「明日叶ちん☆初めてシリーズ」とも言う。キスから始まりお口ご奉仕に騎乗位。 普段なら絶対明日叶ちんからは仕掛けないだろう、レアなあれこれを詰め込んでみました(笑) 『恋愛は平等だから』ヒロの言葉は真理です。 明日叶ちんも、少しずつ“求める”ことに慣れていかなきゃー!と応援してみたりvv 2010.4.11 up |
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