「ただいまー」
「―――ああ、おかえり」




玄関の方に背を反らすと、椅子の背凭れがキィ、と軋んだ。
「あーもうセンパイ、危ないってそれ」
廊下から姿を見せた太陽が、カバンを床に放り投げて駆け寄ってくる。
「だいぶ弱ってきてるから、これ。あんま体重掛けると、折れちゃうっスよ」
両膝を立てたまま、行儀悪く椅子に凭れかかる明日叶の肩を、そっと抱いて真っ直ぐに戻す。そのまま、ちゅ、とキスを落とした。
「お疲れさま、センパイ」
まだ掛かりそう?と目だけで問うと、明日叶が難しいで顔で肯くや否や、台所に向かう。
「まーた食べてないっしょ、センパイ。もう、忙しいとすぐ抜いちゃうんだから」
心配気に、でもどこか嬉しそうに小言を言いながら、手際良く食材を用意し始める。
しばらくしてトントンと小気味良いリズミカルな音が聞こえてくると、それをBGMに明日叶はまた机の上に目を戻した。










「はい、お待ちどーさま」
一段落つき、背伸びをして立ち上がるのとほぼ同時のタイミングで、太陽が大皿を持って戻ってきた。
ことり、とダイニングテーブルの上に置かれた2枚の皿には、優しげな色合いをした野菜料理がほかほかと湯気を立てている。
「ゴーヤ?」
席に着くなり、あまり見ない緑色の野菜に、明日叶が意外そうな声を上げる。
「うん。栄養あるんだよ、これ。にっがいけど」
一瞬だけ渋い顔をして、太陽が笑った。
「でも、あっさりしてるし、匂いも少ないし。これならセンパイ、食べられるっしょ」
言われて、思わず顔を見上げてしまった。
「なに?」
「……いや」
とじた卵ごと、口に入れる。
噛み下すと、確かに独特の苦味が口内を走るが、まろやかな卵と塩胡椒で炒めたハムとが絶妙なバランスで交じり合い、後味を爽快なものにしてくれている。
確かに、これなら。
「美味しいよ」
心からの賛辞を送ると、太陽は心底嬉しそうな顔でへにゃっと相好を崩した。
「よかった。いっぱいあるから、食べてね」
ほっとしたように、自分も口に運ぶ。
しばらく黙々と食事を続けた後、明日叶がおずおずと口を開いた。



「……なぁ太陽」
「ん?」
「なんで俺が夏バテしてるって、気付いた?」
きょとん、と2度3度瞬きすると、太陽はごくりと料理を飲み込んだ。
―――そして、にやりと笑う。

「センパイ、隠してたつもり?」
「………う」



実際、気付かれていないと思っていた。
明日叶はもともと食べる方ではない。
どちらかというと食は細く、忙しかったり精神的に疲れていたりすると、すぐに食べ物を受け付けなくなるタイプだった。
食に対する欲求も元来薄いのか、別に1日くらい食事を抜いたところで困ることもなかったので、昔はこの季節になると結構簡単に夏バテになったりしていた。
けれど逆に、この恋人はどんなことがあろうとも食事だけは抜かない大食漢だったから、一緒に暮らすようになって、3食きっちり一緒に食事する回数が増えるにつれて、だいぶその体質も改善されつつあったのだが。
太陽が不在の間、うっかり油断した。
それでも、本当に久々だったから、バレてないと思ってた、のに。



「オレが家空けてた先週、昨日の昼まで、ちゃんと食べてなかったっしょ」
「………う」
図星を指されて言い返せない。
「仕事、忙しかったんだね」
「………うん」
「外にも、出てないでしょ」
「………うん」
「そりゃバテるよ」
「だから、なんで」


ゼリーとかアイスとか、そういう腹に溜まらない、食べやすいものばかり食べてると、太陽に叱られるから。分かってるから、そういうものの残骸なんかも、ちゃんと綺麗に片付けておいたのに。なんで。



ご馳走様でした、と明日叶の皿の2倍以上はあった料理を綺麗に平らげると、太陽は丁寧に手を合わせて立ち上がった。
そのまま、明日叶を椅子の上から抱き上げると、鼻歌交じりに歩き出す。
「……っちょ、おい、太陽!」
そのまま寝室のドアを足で開けると、とさり、と明日叶をベッドの上に下ろした。
「センパイ、オレが気付かないわけ、あると思う?」
屈みこむと、ちゅう、と音を立てて口を吸われる。
それが、まるで幼子をあやしているような仕草に思えて、明日叶は赤くなった。
「ひとつ、昨夜のセンパイ、息上がるの早すぎ」
言いながら、下唇をやわやわと食む。
「ふたつ、上に乗せた時、身体軽くなってた」
器用に動く太い指が、シャツの脇から入り込んで背筋を撫でる。
「みっつ、オレを呼ぶ声が………弱々しくて、そそられる」
ベッドに乗せた太陽の片方の膝が、明日叶の中心を確実に刺激して、思わず声が出た。
「ん……っぁ……」
「ほら、これだけでもう、こんなになってる」
少し触られただけで、はぁはぁと室内に響く呼吸が恥ずかしい。
「……ちが………」
「んー?」
優しい目のまま服を脱がしにかかる太陽に、明日叶は呟くように反論した。
「それ、は、………ひさ……びさだから……だよ……っ」
ぎゅうっと首に腕を絡ませると、力いっぱい自分の方に抱き寄せた。
驚いたような気配が、しばらくそのまま腕の中に留まっていたが、数秒後、簡単に明日叶の腕を解いた太陽は、満面の笑みで明日叶を見下ろした。
「そういう可愛いこと言うのは、夏バテ治してからにしてね、センパイ」
じゃなきゃ。
耳たぶを舌でくすぐりながら、ちょっとだけ切羽詰った声が囁いた。
「加減なく、思いっきり抱きたくなっちゃうでしょ」
ぞくぞくと粟立つ全身の皮膚を意識しながら、明日叶は強く思った。








とりあえず明日の朝は、さっきの残りをしっかり食べよう――――と。














◆あとがき◆

未来話第3弾です♪同棲してる以外、あんま未来っぽくないですけど(^-^;)
時節柄、夏バテする明日叶ちんを書いてみたかったのです。そしたらこうなった。(何故!)
明日叶ちんは食細そうですよねー。案外太陽の方が健康管理とかはしっかりしてそう。
大人になったら、太陽の方が世話焼くんじゃないかなーという勝手な妄想ですvv
雪織は太陽派なので、いかなる時でも食欲は落ちませんとも!
なのでゴーヤチャンプルーは実際、食の細い友人向けの雪織の夏の定番レシピだったりします(笑)

2010.8.2 up







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