「くぁ〜〜っ!今日は特っ別、キツかったっすねー!」
隣で腰に手を当てたまま、太陽が叫んだ。
その声が、そよとも動かない空気のせいか、くぐもって聞こえる気がする。
「…っるさいっつーのバカ犬……んなでっかい声出せるくらい体力余ってんなら、もう1周…して、くればいいじゃん……!」
いつも通り、即座に太陽を皮肉るヒロも、完全に息があがっている。
自分はというと、情けないことにどちらの声にも賛同すら出来なかった。
―――悔しいが、顔すら上げられない。

「明日叶センパイ、大丈夫?」
「明日叶ち〜ん、何か飲も?このままじゃ干上がっちゃうよ〜〜」
「あ〜オレ、腹減ったぁ」
「はぁ!?信っじらんない、この暑さン中!?」
なんやかんやでまだ喋るだけの余力を残した後輩たちに、明日叶は息を整えながら苦笑した。
「ふ…たりとも、すごいな……」
呟きながら、ようやく膝についた手を離して上体を起こす。
それすら、やっとの思いだ。
地面に落ちた自分の影から、ゆらり、と陽炎が立つように見えた。
軽く覚えた目眩をどうにか振り払う。
狂おしいくらい上がりきった体温を、容赦無い日差しが更に煽ってきた。



午後は、基礎体力の強化のトレーニングだった。
今夏、最高気温をマークした真夏日。
与えられた課題は、炎天下での数時間に及ぶランニング。
無論、プロのトレーナーがついているから命に関わるほどの無茶は課せられないが、それでもギリギリまで水分をとらずに走り続ける、というのが今日のトレーニング内容だった。
(どんな状況下においても、ずっと動き続けていられる身体を作る)
確かに、ミッション時にはどんな想定外の事態が起きるとも限らない。
ひたすら逃げ続ける、つまり走り続ける必要も出てくるかもしれない。
そうでなくても、長時間身体を動かし続けられることが、不利に働くようなことは絶対に無い。
当然、そんな羽目に陥った時、潜入先でご親切にも水や食料が提供されるわけもなく。
至って原始的な訓練内容ではあるものの、だからこそ最も大切で不可欠なものとも言えるだろう。


……それにしても、正直キツい。


「はい、明〜日叶ちん♪」
項垂れた首の後ろが、急に軽くなる。
それが、被せられた濡れタオルのおかげだと気付くのに数秒かかった。
それほどジリジリと焦げ付く皮膚は、自身の感覚から遠く感じる。
「?これ……」
「ふふ〜、僕ってば準備いいでしょ♪前もって作っておいたんだよね」
ヒロが得意そうにウィンクしながら、小型の魔法瓶を振る。
なるほど、濡らしたタオルを冷蔵庫かなにかで冷やして、そのまま水筒に入れておいたらしい。
「ありがと、ヒロ」
素直に礼を言って、首から顔に乗せ換えると、思わず溜息が漏れた。
冷えたタオルはすぐに体温を吸って温くなってしまったが、それでも朦朧としていた意識が少しずつクリアになっていくのが分かる。タオルを外すと、視界がだいぶくっきりした気がした。
「はぁ……本当に、ありがとう」
もう一度改めて礼を言うと、ヒロは嬉しそうに笑った。
「いいのいいの!明日叶ちんの可愛い〜顔が、日焼けで腫れちゃったらとんでもないもん」
「ヒロ〜〜〜〜……」
自分よりだいぶ背の低いヒロに向かって、太陽が上目遣いで強請る。
「残念でしたー。犬用のタオルは持ち合わせていませ〜ん!」
「く〜〜〜〜!!薄情者〜〜〜〜っっ!!!」
とりあえず、二人の掛け合いに笑みを浮かべられるくらいには復活した。



ようやく周囲を見渡す余裕が生まれると、3年生の姿は既に無い。
息の詰まるようなこの場所から、早々に屋内へと退散してしまったらしい。
桐生さんも眞鳥さんも興さんも。
みんな雰囲気に誤魔化されがちだが、ああ見えて(というのも失礼だろうが)相当の体力の持ち主だ。
その場から動くことすら出来なかった自分に比べて、さっさと屋内へ移動出来てしまうその気力に、素直に感動し、同時に恥ずかしく思う。
同学年の二人も、流れる汗を拭いながらも軽いストレッチを行っているのが視界の端に映った。
…まだまだだ。
チリチリとした焦燥感が、疲れた身体に小さく火を点す。



「おーい!いい加減、中入らないと。倒れちゃうぞー」
年長者らしく、唯一残ってくれていた亮一さんの声がグラウンドに響く。
「行こ?センパイ」
「……うん」
誘われるまま、目の前に差し出された手を無意識に取った。
「ちょ!ずうずうしいっての、バカ!!」
「へーんだ。男のシットは醜いぜ〜〜」
「はぁ!?お前、意味分かって言ってんの!?」
「うるへーー!」
自然に握りしめてしまった大きな掌の感触に今更ながら気付く。
――――いつの間に。
先ほどまでとは違う意味で、また熱が上がった気がした。



「しっかり飲んで、水分補給するんだぞー?夏は脱水症状が一番怖いから」
はい、とグラウンドの出口で、亮一さんがボトルに入ったスポーツドリンクを手渡してくれた。
爽やかに笑うこの人も、つい先ほどまで同じメニューをこなしていたはずだ。
その証拠に、着ている半袖のポロシャツが重たそうな色に濡れている。
それでも疲労感を微塵も感じさせず、甲斐甲斐しく後輩達の世話を焼く姿に、明日叶は尊敬の念を強くした。
渡されたボトルは身体に過度な負担を掛けないようやや温めになっていて、けれどのぼせきった手のひらには心地よく吸い付いてきた。
「きゃほー!亮ちゃんサンキュっ!気が利くじゃ〜ん」
「あざーっす!」
早速ボトルに口を付ける二人に苦笑しながら、明日叶はきちんと礼を言った。
「ありがとうございます。いただきます」

こくり、と一口含んだ瞬間、恐ろしい勢いで液体が体中を走る感覚に驚いた。
確かに喉の渇きは凄まじい程に覚えていたが、ここまで乾ききっていたとは。
どうやらあまりの渇きに、その感覚すら麻痺しかけていたらしい。
まるで空焚きされた鍋底のように、水分が染み込んでいく。
全身の細胞が、しゅわしゅわと音を立てるようだ。
「ちょ、明日叶、そんなに一気に飲むと、逆に身体に良くないぞ!?」
慌てて諌める亮一さんの声も聞こえてはいたが、どうにも身体が言うことを聞かない。夢中で喉を鳴らした。
「……………っ、はぁ」
ようやく息をついた時、右手のボトルは既に軽くなっていた。
「大丈夫ぅ?明日叶ちん」
ヒロや亮一さんは心配そうな顔をしているが、ようやく感覚というものがが自分に戻ってきたように感じる。
「大丈夫です」
照れたように笑う。その声がまだ少し掠れているのは仕方ないとしよう。
「慎重な明日叶にしては珍しいなぁ」
「こういう時って、自分でもビックリするくらい喉渇いてたりするんだよねー」
仕方ないなぁと笑う亮一さんに、神妙に頷くヒロ。
「さ、早く行こ!早くシャワー浴びた〜〜〜い!」
一息ついたところで、それぞれ歩き出す。
日は長いが、そろそろ夕刻に近い。
寮に帰ってゆっくり身体を休めて明日に備えよう。
そう思って、歩き出した二人に続く。



ふと、視線を感じて後ろを振り返る。
「…?太陽、行かないのか?」
珍しく黙ったままのその姿に違和感を覚え、声を掛けた。
すっと、今度は自ら差し出した手に気付いて、また気恥ずかしくなる。

また、だ。
いつの間に。
互いに触れ合っているのが、こんなに普通になってしまったのだろう。
けれどその“普通”は、とても心地良くて。

明日叶は、差し出したままの自分の手を見つめて、相手に分からないように、そっと笑った。


―――と。
いつもならすぐに握り返してくるはずの手が、明日叶の右手をすり抜けて目の前に伸びてきた。
つられて顔を上げると、くい、と親指の腹で唇を拭われる。
無骨な指なのに、その動作は怖ろしく優しく。
「……っ」
思わずぴくりと肩が弾む。
「…くち、濡れてる」
ぼそり、と太陽が呟いた。
先ほど一気に飲み干したドリンクが、口元を湿らせていたらしい。
なんでもない自然な仕草。
なのに、こちらを見つめてくる瞳が妙に揺れている気がして、鼓動が跳ねる。
じりじりと触れられたところが焼けるように熱いのは、日差しのせいだけじゃない――気がする。
「行こう、センパイ」
急に太陽が歩き出す。今度こそ明日叶の手を掴んで。
「ちょ、どうしたんだ?」
「…………」
突然歩き出した太陽に引きずられる形で後を追う。
「あーーー!!またバカ犬が抜け駆けしてる〜〜〜〜!!!」
早足になったせいでいつしか追い抜いてしまったヒロが、後ろから盛大に文句を言っていうのが聞こえた。
「あの!お疲れ様でした!お先です」
かろうじて身を捩り、二人に声を掛ける。
お疲れ〜と軽く手を挙げる亮一に再度目礼して、物言わず寮を目指す太陽に従った。





「ちょっと待ってて」
寮に着いてからも手を離そうとしない太陽を誘って、自室に戻った。
室内は微かに空調が効いている。
普段なら暑いと感じるくらいの温度でも、外に比べれば天国だ。
明日叶は洗面所で顔を洗うと、ぐっしょり濡れたTシャツを脱ぎ捨てて、籠に放り込んだ。
シャワーを浴びたら、脱いだもの一式、ランドリーに持って行こう。
そう考えながら部屋に戻る。
「お前も飲むか?」
部屋の隅の小さな冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、太陽にも渡してやる。
部屋に入ってからも、ベッドの縁に腰掛けたまま妙に無口な太陽が気になったが、とりあえず自分のボトルを呷った。
先程の1本では到底足りていなかったのか。
余計な味の付いていない純粋な液体は、心地よく喉をすり抜け、まだ僅かに曇りがかっていた意識を、今度こそ綺麗に晴らしてくれる。


「………?」
また視線を感じた。―――太陽だ。
渡されたボトルを両手に持ったまま、明日叶の顔、いや、それよりも少し低い位置を熱心に見つめている。……ように見えた。
「…どうした、飲まないのか?」
自分は今、上半身裸の状態だ。
男同士なら恥ずかしいことでもないが、こうもじっと見られると居心地が悪い。
それに、先ほど感じたものと同じ種類の熱が、こちらを射る瞳に宿っているような気がして、明日叶は知らず小さく喉を鳴らしていた。
「たいよ……」
その焦りを誤魔化そうと、再び名前を呼ぼうとした時。
音も無く立ち上がった太陽が、一歩で距離を詰めてきた。
すぐ、目の前まで。
そのまま片手で頬に触れ、親指を滑らせた。
―――グラウンドでの仕草と同じく。
「濡れてるって……センパイ」
いつもの良く通るものとは全然違う、低く掠れた声にぞくり、と全身が痺れる。
ハシバミ色の大きな目を逸らさぬまま、太陽は、明日叶の口元を拭った指をぺろりと舐めた。
僅かに見えた舌先の赤が、生々しい残像を残す。
視線が、外せない。
一瞬、思考が停止した隙に、唇を奪われていた。
「………っ」
キスするのは、別に今日が初めてなわけじゃない。
けれど、何度重ねても、最初に感じるこの柔らかな感触に、みっともないくらい意識が揺らぐ。
それを見越すかのようにゆっくりと唇を合わせた後、僅かに顔を離して、太陽は小さく笑った。
「センパイの唇、冷たくて……気持ちイイ」
そう言うと、先ほど指を舐め上げた舌で、明日叶の下唇に触れてくる。
「……ぁ………」
それだけのことなのに、思わず息が漏れた。
くすぐったいだけのはずの感触が、徐々に小さな漣となって、薄皮を通して全身に響いていく。
微弱な電流が、太陽の舌の触れる場所からじわり、と広がっていくようだ。
水滴で冷えていたはずの唇が、今はジンジンと熱い。


ひとしきり舐めて満足したのか、太陽が少し離れた。
またベッドに座ると、こっち、と手招きする。
「太陽………?」
「ねぇセンパイ、水、も一回飲んで?」
「………へ?」
意味が分からず、思わず間抜けな声が出てしまう。
それには構わずに、太陽は自分に渡された(ベッドの上に放置されていた)ボトルを明日叶に手渡してきた。
「ねぇ。もう一口、飲んでよ」
無邪気な、強請るような口調。
不審に思いながらも、今のキスで若干上がった息を整えようと素直に受け取った。
言われたように、太陽の正面に立ったままで一口、飲み下す。
こく、と、妙に静まり返った室内に自分の喉の音が響いた。…気がした。

その瞬間。

「ぅぁ……っ……たいよ……っ……?!」
ざらり、と熱くて柔らかな感触が喉を這い上がった。
じっと様子を見詰めていた太陽が、急に上体を伸ばして明日叶の喉を舐め上げたのだ。
僅かに反らせたまま無防備になっていた部分だけに、まともに刺激を感じて全身が総毛立つ。
驚くほど身体の力が抜けた。思わず膝が崩れそうになる。
それを見逃さず、太陽は明日叶の腰を器用に攫い、ベッドの上に組み敷いた。
視界が反転する。
「どう………」
したんだ、と続ける前に、太陽が我慢出来ないとばかりに首元に顔を埋めてきた。柔らかな金茶の髪が、頬や顎をくすぐる。
「太陽………?」
「センパイ、やらしすぎ……」
思いがけない言葉に、咄嗟に言葉に詰まった。
「なに……が……っ」
「ここ、白くてすっげーキレイ……」
言いながら、太陽は首筋をぺろぺろと舐めてくる。
動作だけなら大型の犬にのしかかられているようだが、時折触れる吐息の熱さに眩暈がする。
絶え間なく舐め上げながら、太陽が更に呟く。
「水、飲むとき、こくんって動くんだ。それがすっげぇ、エロい……」
「な………っ……」
男の自分に喉仏があるのなんて当然だ。
「なんか、誘ってるみてーなんだもん………」
カッと頬が熱くなるのを感じる。
そんなつもり無い!と叫びたかったが、ちゅ、と音を立ててそこを吸われ、思わずびくりと背中が反った。
「可愛い、明日叶センパイ………オレ、グラウンドにいる時から、ずっと我慢してたんスよ…?」
切なそうに耳元で囁かれて、まだ触れてもいない場所にまで熱が広がっていくのを感じた。
「ふ………っぁっ……!」
優しく耳朶に歯を立てられた。
ちり、とした痛みが、自分の中に溜りつつある熱をたまらなく煽る。
「ね、……食べちゃって、いい?」
あどけない口調だが、有無を言わさぬ響きがある。
気付けば舌は、鎖骨辺りまで降りてきていた。
時折肌を掠める太陽の唇は日焼けのせいか少しささくれ立っていて、それがまた新たに皮膚を抉る刺激になる。
「ダメ?センパイ……」
駄目も何も無い。
今更止められても、全身に散った小さな火花のような感覚はどうしようもない。
それでも、やや理不尽な求愛理由に、明日叶は小さく抵抗してみる。
「で、でも……俺、汗かいてるし………」
くすり、と下の方で太陽が笑う気配がした。
「だからだってば。センパイの味、じっくりタンノーさせてもらう…から」
「ふぁ……ぁっ……あ!」
敏感な場所を舌先が掠めて、思わず大きな声が出てしまった。
指を使うこともせず、ひたすら温い器官が皮膚をなぞる。
ぴちゃぴちゃと粘着質な音が、じわりと鼓膜を浸す。
焦れったくも扇情的なその行為に、少しずつ身体が解けてゆく。
明日叶は目を閉じて、その感覚に身を任せた。








「おっ疲れ〜〜!!」
「お疲れさん」
ほい、と目の前に缶が差し出された。
「だいぶ付いてこれるようになったじゃねーか、ガッティーノ」
均整の取れた身体付きを惜しげなく日の光に晒し、ディオが朗らかに笑った。
「そ、そうかな」
息を整えてそれを受け取ると、自然、声が上擦った。
「ああ。前みたいに息も絶え絶え、って感じじゃなくなっただろ」
「……そうだな」
正直、嬉しかった。
根っからの戦闘要員である慧は別としても、同じ年でありながら頭脳戦でも体力面でも遙かに自分より優れたこの同級生に、少しでも認めてもらえたということがとても誇らしい。
実は彼を(大変な高みであるのは重々承知だが)目下の目標としていることは秘密である。
「そうそう!コーチも褒めてたよ、明日叶ちんのこと!短期間で中々やるな〜って。すごいすごい!」
ヒロが自分のことのように嬉しそうに言う。
一つ下の後輩だが、彼自身、明日叶よりもずっと基礎体力はあるのだから、褒められて嫌な気は全くしない。
ディオのくれた缶コーヒーのプルタブを、ありがたく引き開ける。
今までなら水やスポーツドリンク以外受け付けなかっただろう身体も、だいぶ過酷なトレーニングに慣れてきたのか、今度は水分よりも消費した糖分の方を欲しているようだ。甘そうな缶のデザインを見ただけで、口中に唾が溢れる。
ありがたく口を付けようとして、はっと周囲を見渡した。
「どうした?」
ディオが眉を上げて、不思議そうに尋ねてくる。
今日は、ミッション時の実働班だけのトレーニングだった。――ので、当然“その姿”は無いのだが。
「いや、なんでも…」
適当に濁して、改めて缶に口を付ける。喉を滑り落ちるミルクコーヒーは、お世辞抜きに美味しかった。

「それにしてもさ〜」
ヒロがしみじみと言った。
「明日叶ちんって割とアクティブ派なのに、首元だけは異様に白いよねぇ」
心底感心した口ぶりだ。
「………ぐっ…!」
思わず、口に含んだコーヒーを吹きそうになる。
「違いねぇ。野郎のくせに日の下でその首見ると、なんかこう、艶かしく見えるっていうかよ」
ディオも頷いてニヤリと笑う。
「な、何言ってんだよ!」
さっきとは違う意味で声が上擦る。……変なデジャブを感じる。
「いいじゃない、綺麗なもんは綺麗なんだしー♪」
「そうだぜ?目の保養になるもんは何にせよありがてぇ」
真面目に褒めるヒロと、どこか含みを持たせるように笑うディオ。
「〜〜!ディオ!コーヒーありがとな!!今度なんか奢るから……っ!」
言いながら、一目散に走り出す。
後ろからくつくつと笑うディオの声が聞こえてきた。
さっきまで平気だった息が、苦しい。顔が熱い。
二人のせいで、嫌でも思い出してしまった。

(「センパイのココ、すげーエロい………」)

熱に掠れた声が脳裏に蘇って、明日叶は走りながら悶絶した。
あの日以来、何度もそう言って太陽は自分を求めてきた。
それは決まって限界まで身体を酷使するトレーニング後だったから、明日叶もろくに抵抗出来ないまま流されるパターンになってしまっている。
―――だが、完全に力の抜けた身体に受ける快感は強烈すぎて、いつしか“その日”を待ってしまっている自分にも、気付いている。
絶対認めたくはないが。


「あれ?明日叶センパーイ!!トレーニング、終わったんすか!?」
怖ろしいタイミングで、前方から記憶の声の主がやって来る。
「〜〜〜〜〜〜!!!!」
声にならない悲鳴を飲み込んで、その横を一直線に駆け抜ける。
「…!?あれ、センパイ!?」
動揺した声が聞こえたが、無視して走る。
勘弁してくれ―――!!
その叫びは誰にも聞こえない。




「や〜らしいなぁディオってばー」
「お前だって、分かっててカマかけただろ。同罪同罪」
話題の主が走り去った後で、肩を震わせ笑いながら二人は目を見交わす。
「でもなー。あーなんか悔し〜〜!あんな単細胞にまで明日叶ちんの魅力が理解されちゃうなんてさ!てか明日叶ちん、魅力的すぎなんだって〜〜」
こと太陽に関しては、ヒロにとって何もかもが気に入らないらしい。
「いや、案外動物だからじゃね?本能ってやつかもよ」
「な〜るほど♪アイツがそういう情緒的なこと考えて動けるわけないもんね」
「犬にはぴったりの行為、ってことだろ」
んべっとディオが舌を出す。
「うっわ。なんか想像するとムショーに腹立つんだけど!」
「ま、とりあえず舐めるのはいいとして。あんま歯型付けないでやらねーと、本人気付いた時、恥ずかしくて発狂しちまんじゃね?」
教えてやんねー奴らも大概悪いよなー。あ、俺らもか、とディオがとぼける。
「あのバカ犬にゃ、躾け直しが必要だね」
「ご主人様に噛み付くとは、あんまり褒められたもんじゃねーからな」
ハードな外でのトレーニングの翌日、必ずと言って良いほど首に赤い跡を付けてくる明日叶に、メンバー全員が気付いている。
知らないのは本人だけだ。
知らぬがなんとやら、である。

走り去った明日叶の凄まじいまでの赤面っぷりを思い出して笑いながら、二人はのんびりと肩を並べて歩き出した。
遠くで間抜けた太陽の声が聞こえた気がする。
「大変だねぇ……明日叶ちんも」
「まったくだ」



夏も終わろうとしていた。









◆あとがき◆
COUNT TEN様からいただいたお題より。
明日叶ちんの首元は悩殺モノだ!と思ったのは私だけでしょうか。
わんことしては黙ってられんでしょう(笑)


2010.2.27 up







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