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………すっごく、見られている気がする。


いや、気がするんじゃなくて、実際、見られている。
明日叶は、繋いだ手のひらが急速に汗ばんでいくのを感じた。
思っていたよりもずっと、―――かなり、恥ずかしい。

ちら、と横目で見上げると、指を絡めた相手は蕩けんばかりの満面の笑みを浮かべている。今にも歌い出しそうなほどの浮かれっぷりが全身から滲み出ていて、冗談でも「やめようか」などと言いだせる雰囲気ではない。

(………まぁ、いいか)
自分から言い出したことなのだし。
明日叶は、隣を歩く太陽に気付かれないように小さく、それでも深々とした溜息を吐いた。


頬が、熱い。










先週のことだった。

何気なく口にした明日叶の言葉に、英語の問題集と格闘していた太陽が、勢いよく顔を上げた。
「え!?マジ!?マジっスか!?」
底抜けに明るく、よく通る声がその場に響き渡る。
一斉に、部屋中の視線が二人に突き刺さった。
「ばっ、ちょ、太陽……!」
慌てて立ち上がると、横に座っていた太陽の口を押さえ、椅子から引きずりおろす。そのまま片手で開いてあった参考書やノートなんかを小脇に抱えると、明日叶は太陽ごと部屋を飛び出した。


「もう、太陽……図書室で、あんな大きい声は」
「本当に!?本当に何でもいいんスか!?」
廊下に出て冷汗を拭う明日叶を尻目に、全く反省などしていない様子の太陽は、きらきらと瞳を輝かせながらぴょんぴょんとその場で跳ねている。
「ねっ、ねっ、ホントに?」
何度も何度も、嬉しくてたまらないといった風に繰り返す。
想像以上の反応に、自分で言いだしたことなのに僅かに怯んでしまう。
「あ…ああ。いいよ、なんでも。太陽の好きなことに、付き合うよ」
そう言い終わると同時に、よぉぉっしゃぁぁぁあああ!!と明日叶ですらびっくりするような大声で叫んだ太陽は、図書室から飛び出してきた委員の人に、正味30分、こってりと絞られることとなり。
一緒にいた明日叶も、大変恐縮しながらそれに付き合う羽目になった。









「ねねっ、センパイ♪次はー、腕組みましょっ」
しっとりと汗ばんでしまった手を、するりと解かれてホッとしたのも束の間、「え?」と問い返す暇も無く、太陽は明日叶の右腕を自分の左腕で掬い取ると、ぎゅうっと脇を締めた。たちまち先ほどよりも、ぐっと密着度が上がる。
「ちょ、太陽……!」
「あ、センパイ、体温たけー。あったかーい」
ほわん、とどこかうっとりした声でそう言うと、うろたえる明日叶の髪にぐりぐりと自分の頬をすり寄せた。
そのまま大きく息を吸うと、一拍おいて、心底幸せそうな吐息が振ってくる。
「はぁ~~~~~~………しゃーわせ~~~~~」


腕を組む、というよりも、完全に身体半分を固定されてしまったせいで、歩きにくいったらない。午後のミーティングに遅れないよう作戦室へ向かっていた互いの歩みはとっくに止まってしまっていて、―――だから余計に、この姿は人目をひいていた。
通り過ぎる学生たちから向けられる、好奇心を含んだ視線が、痛い。

けれど。

絡めた腕に、心臓が移動したんじゃないかと疑うくらい、太陽の脇に挟まれた部分がどきどきと激しく脈を打つ。
恥ずかしくて伏せた顔が、自分でも止められないほど染まってしまうのは、多分、人目があるせいだけじゃない。




思えば、太陽がこんな風に人前で、気にせず密着してくるのはとても珍しい。
だから尚更、明日叶も躊躇いと恥ずかしさを拭うことが出来ずにいる。
人懐こくて純真で、どこか憎めない子供っぽさを持っていて。
そんな雰囲気にうっかりかき消されてしまいそうになるが、それでいて太陽は、他人の心や感情にとても敏感だ。
これはもう(彼の性格などを鑑みると)才能と言うしかないのだろうが、相手が本当は何を求めていて、何を嫌がっているのか、そういったことを見抜く力においては、正直、気遣い屋の多いグリフの中でも引けをとらない。
だからこそ、一見、奔放でマイペースで強引にも見える太陽と一緒に居て、明日叶は『振り回されている』と感じたことは、正直一度も無かった。


だからこそ、今のこの状況は珍しい。
明日叶が、衆目のあるところでこんな風に親密なスキンシップをするのがどれほど苦手か、誰よりも知っているはずの太陽が。
困惑する明日叶を省みず、にこにこと一人で笑っている。
―――けれど、繋ぐ指に、寄せられた身体に、限りなく優しく込められた愛情を感じるから、明日叶も躊躇いながらもそれを拒むことはしなかった。


そんな道すがら。
「あ゛」
背後から、心底嫌そうな声が聞こえたかと思うと、隣を歩いていた太陽が明日叶の腰を攫って斜め前へ飛んだ。真後ろで空気を切るような音がする。
「っぶねーな!!センパイに当たったらどうすんべ!」
突然の動きにびっくりしている明日叶をよそに、太陽が憤然と言い返す。
その視線の先には、先ほどの声の主:ヒロが、苦虫を噛み潰したような渋い顔で太陽を睨みつけていた。
「バーカ!明日叶ちんに当たるようなヘマ、ボクがするわけないじゃん!目の前にカワイー明日叶ちんがいると思ったら、目っ障りな駄犬がチラチラ見えたからさ。ちょーっと苛々しちゃって」
にこり、と口の端が笑みの形を取るが、ちっとも和まない瞳が非常に怖い。
「明日叶ちん、変なのに絡まれちゃってぇ。嫌だったら嫌って、ちゃあんと言わなきゃダメだよ?ほら、バカは説明しないとわかんないから」
「えー、と…」
ヒロが太陽に噛み付くのは、別に珍しいことじゃない。心底仲が悪い、というわけじゃなくて、これも二人の間の一種のコミュニケーションなのだろうということは、最近ではもう分かってきたことだけど。

(珍しくない、んだけど……)
けれど、今日は特別、その言葉に棘というか鋭さを感じるような気がする。
―――それが、明日叶と太陽の、いつにない密着度によるものだと気付くほどには、明日叶は敏感な方ではなく。
妙な違和感に明日叶が思わず口篭ると、太陽が思わぬ行動に出た。


「うらまやしいだろーヒロ。今日は明日叶センパイは、オレだけのものなの。ごめんな?」
よく通る澄んだ声が、聞いたこともない落ち着いたトーンで響く。
いつもなら「バカバカ言うなーー!!」と、まんまと挑発に乗せられた太陽が怒鳴り返して、口論勃発―――というのが定番なのに。
意外な展開に驚いた明日叶は、その太陽の顔を見上げて、更にもう一度驚くことになる。


口元に浮かんだ穏やかな微笑。
僅かに細めた瞳は、静かに凪いでいて。
呆然とする明日叶にちら、と遣った視線にはまるで、大人の男みたいな余裕と落ち着きが孕まれていた。
見たことのない表情に、ことん、と心臓が鳴った。


「ばぁか!それ言うなら、う・ら・や・ま・し・い、だろ!」
そんな太陽に、勘の鋭いヒロが気付かないはずがない。
―――正確には、明日叶すら分かっていない事実まで見抜いたヒロは、(律儀に言い間違いだけは訂正してから)溜息をついて小さく首を振った。
「ハイハイ、なるほどね。バカ犬も、たまにゃ本気出すってワケ」
「犬は犬でも、いちおー番犬のつもりだから」
「言ってろバーカ」
そう言いながらも、ヒロは珍しくそれ以上は何も言わず、未だ絡めた腕を外そうとしない太陽に一瞥をくれると、明日叶に笑いかけた。
「ほら、早くしないと午後の授業に遅れちゃうよ」
「う、うん」
「行こう、センパイ」
てくてく歩き始めたヒロの後に続く太陽に、半ば引き摺られるように付き合う。


もう、周囲の目は気にならなくなっていた。
腕から伝わる体温の主の、その凛とした顔から目が離せずにいたせいで。















ぱたん、と扉が閉まる。
途端に、背後から覆いかぶさるように抱き締められた。
慣れた感触に、大きく一度息を吸い込むと、力を抜いた身体を背後に預けた。
そんな明日叶を簡単に受け止めて、太陽は愛おしげに腕の力を強める。
「センパイ」
上から降ってくる声に、思わずぴくりと肩が反応する。
「……なんだ?」
気付かれないように平静を装って聞き返すと、太陽が小さく笑う気配がした。

―――そんな仕草すら、なんだかいつもの太陽らしくなくて、緊張する。

「イヤじゃなかった?」
恐る恐る、上がった手の甲が明日叶の頬を撫でる。
くすぐったさに首を捻ると、くるりと身体を反転させられて、額にキスされた。
咄嗟に瞑った目を開けると、困ったように笑う太陽と視線が合った。
なぜか、それが泣き顔のように見えて、明日叶は焦って尋ねる。
「だから何が?俺は別に何も」
「ベタベタ、人いっぱいいるトコでセンパイにひっついたでしょ、オレ」

自覚はあったのか。
そう考えて、少し安心する。
けど、それならもっと、らしくない。

「ん……珍しいな、とは思ったけど……別に、そんな嫌ってわけじゃ」
驚いたし、その、恥ずかしかったけど。
正直な感想を口にすると、今度は正面からすっぽりと包まれる。
優しいぬくもりが嬉しくて、明日叶も腕を伸ばした。
「センパイ、ああいうの苦手だって、知ってんのに」
「いいって。お前の誕生日に、何でも好きなこと言えって言ったの、俺だし」
「ん。すっげー、幸せだった」
少しだけ掠れた声が、明日叶の髪の中でくぐもる。
「よ、喜んでもらえたなら、よかった」
「うん。でも」
ぱっと明日叶の両肩を離すと、太陽はへにゃっと笑った。
「オレ、センパイからの誕生日プレゼント、利用しちゃったの」
「……利用?」
「うん、利用。素直に『センパイと人目気にせずくっつけるー!いぇーぃ!!』って気持ちももちろんあったけど。それ以上に、利用しちゃったから」
ごめんなさい、と頭を下げられてしまう。

「な、なんだよ。分かるように言えって」
意味が飲み込めず慌てて顔を覗き込むと、そのまま唇を奪われた。
「………んっ……」
優しい抱擁とはうってかわって、呼吸ごと飲み込むような激しいキスに、身体が硬直する。
やっぱり、今日の太陽は、何か変だ。
昼間のことといい、こんな、唐突なキスといい。

「ほら、この目………この目で見られると、オレじゃなくてもゾクゾクしちゃうって……」
「……な、に……言って……」
口付けの合間に、太陽が独り言のように呟く。
聞き返そうとすると、途端に巧みな舌が潜り込んできて言葉を奪ってしまう。
「センパイのこのキレーな目は、オレだけのもんなの。キレーなだけじゃなくて、こんな風に」
「ぅ………っや」
シャツの上から探り当てられた蕾を指で弾かれて、身体が鋭く震える。
「ほら、こんなに濡れてエロくなっちゃうのも。オレだけが知ってる」
ぺろり、と下瞼を舌先で舐められた。
「センパイの目は、……ううん、センパイの全部は、オレだけのものだよね?オレの全部、センパイにあげる。だから、センパイも」

オレだけに、全部ちょうだい?

熱いのに、どうしようもなく熱いのに、懇願するような弱々しさが滲み出る声音に、明日叶は上がる息を懸命に抑えて答えた。

「ば……か、だな……俺は、お前……っだけ……っ……」
「うん、知ってる」
知ってるんだ。知ってるんだ、けど。

自分自身への苛立ちを隠せないように、強く噛み締めた唇が痛々しい。
と、太陽が真顔で言った。
「センパイ。贅沢言ってごめん。でも、2つ目のお願い、してもいい?」
「………なんだ」
「今、すっげーセンパイのこと、抱きたい。でも、今、ぜったいに優しく出来る自信がない。多分、すっごく長くなるし、センパイがイヤっつってもオレ、しつこいくらいやめられないと思う。だから」
身体のあちこちを撫でていた手が、潔く離れる。
「今ここで。部屋に戻るか、ここに残るか。センパイが決めて」


ひたりと見据えてくる瞳が、優しいのに荒々しい。
強いのに脆くて、熱いのに、冷たい。
相反する表情が混在する中で、よく分からない状況の中で、それでも一つだけ、明日叶にも分かることがあった。


―――こんなに自分を求めている太陽を、俺は知らない。


何だって叶えてやりたくなった。
今の太陽が、何を考えているのか、知りたくて。



そっと唇を指で撫ぜてやると、明日叶はきっぱりと言った。
「バカだな、太陽。お前の誕生日だろ?なんでも聞いてやるって言っ…」



言い終わる間も無く、抱き上げられた。













◆あとがき◆
ハッピーバースデー太陽!!…って、さすがにおおっぴらには言えない…!orz
祝辞より先に謝罪だろ私。遅れすぎ↓↓連作やってたら力尽きた……
でもこっち(本編)もどうしても書きたかったので、時期外れも甚だしいですが懲りずにカキカキ。The自己満足☆しかも毎度のことながら続きますハハハ!(笑って誤魔化す)
太陽のお願いは、はてさて、いくつまで続くのでしょうか。
次回はいわずもがなR-18予定です(笑)


2010.7.5 up







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