ぷち、ぷち、と、丁寧に上から順にボタンが外されていく――――ようやく。


ベッドに倒れ込んでからずっと、気の遠くなるほど執拗な口付けに翻弄され続けたせいで、呼吸なんてとっくに乱れまくっている。
やわやわと歯列をなぞっては舌の表面を擦り。明日叶が酸素を求めて喘ぐと、ほんの少しの隙間を与えてくれながら下唇を食まれた。
それが―――正確な時間など分からないが、夕陽の射していた部屋の中が暗くなるまで、延々と続けられた。
いつもの、どちらかというと直情型で性急な求め方をする太陽にしては、本当に、どうしたのかと問いたいくらい執拗で、緩やかで、泣きたくなるほど甘い。
この快楽の先の見えないことに、恐怖すら覚えてしまう。




「……ぃ……よ………」
息が上がって、名前を呼ぶことすらままならない。
そんな明日叶を、瞬間も解放することなく、太陽の舌が隙なく口元を滑る。
「びちょびちょだね、センパイ」
飲み込みきれなくて零れた唾液を、愛おしげにぺろぺろと舐めとりながら、太陽が言った。
「ちゅーだけでこんなになってたら、センパイ、大丈夫?」
揶揄する響きなど全くない。
意地悪でもなんでもなく、ただ真摯に明日叶を心配するような声音に、太陽の本気が確かに伝わってきて、背筋が震えた。


最後のボタンが外されて、上半身が空気に触れる。
火照った身体には常温であるはずのそれすら心地よく、明日叶は微かに安堵の息を吐いた。が、すぐに熱い唇が、首筋を捕えてしまう。
「……っ、ん…っ…」
ちゅ、ちゅ、と音を立てながら、強く吸いついてくるその感触に、思わず息が零れてしまう。
鎖骨の下の、皮膚の特別薄いところが、ちく、と引き攣れた。
その痛みで、太陽の唇が滑る場所全てに、赤黒い花が散っているのだろうことに思い及ぶ。
「たいよ………っ、あんま、り……見えるとこ、……は……」
無駄だと知りながら、声を掛けてみる。
本当の拒絶じゃなくて。
多分それは、目の眩むような、いつまで続くか分からないこの長い長い愛撫に怯える自分自身を、誤魔化すためで。
冷静な言葉を口にすることで、やわやわと絡み付く熱の鎖から、少しでも意識を逸らせようとしているのだと、明日叶は自分でも分かっていた。

案の定、相手に聞く耳など無く。
「ううん、ダメ。今日は全部、全部にオレのマーク付けるの。どっから見ても、センパイはオレのもんだって、誰にでも分かるように」
言い方こそ可愛らしいが、その有無を言わせない断固とした口調に、彼の隠れた頑なさが見え隠れして、意外な気持ちになる。


(こいつが、こんなに我を通すのは珍しい)
這い回る指に、噛み付く唇に、歯に翻弄されて、ちっとも余裕などないのに。
明日叶は途切れがちな思考の片隅で、意外な恋人の一面を垣間見たことに、ちょっとした新鮮味を覚えていた。





『全部』と言ったその言葉通り、太陽はその後、たっぷりと時間をかけて明日叶の全身に唇を這わせた。
どれほどの花が咲いたのか。
もう、想像もつかないほどの数のむず痒い痛みが、身体中を侵した。
肝心なところには全く触れられていないというのに、その執念とも言えるような根気強い愛撫に、明日叶の身体はとうに臨界点を超えていて。
剥き出しの腕や、足首にすらその歯の感触を感じただけで、その腰が物欲しげに跳ねては涙が零れた。
「…ひ……っ、ぁ………も………っ」
「もう、ダメ?」
足首に立てた歯を外し、顔を上げてそう尋ねる太陽の息も、とっくに上がっている。
明日叶の肌を食い荒らした証のように、薄い唇が鮮やかに色付いていて、切なく跳ねる吐息と相まって、明日叶の性欲を否応なしに煽りたてた。

ずきずきと疼く下腹を、未だ剥がされていない下着に擦り付けるように強請ってしまう自分が、どうしようもなく浅ましい。分かっている。
それでももう、この執拗な愛撫が始まって以来一度も触れられていないそこは、焦らしに焦らされたせいで、布の感触にも耐えられないほど敏感にそそり立っていて、太陽の与える少しの刺激にも、びくびくとあられもなく藻搔き続けている。
(も、少し………っ)
解放だけを求めて、もはや羞恥すら感じなくなっている身体は、僅かな布の感触に縋り付くように、その腰を揺らす。先っぽを掠る感覚に、あと少しで頂上に手が届きそうになったその瞬間。
ぐっと、太陽の両膝に身体を固定されてしまった。
優しくて、けれどどこか憂いを含んだ視線が降ってくる。
「もうダメ?センパイ」
もう一度そう聞くと、明日叶がこくこくと必死で肯定するのを確かめて、真面目な顔で頷いた。
「ん、わかった」
そのまま、すっと膝を折って明日叶の上に跪くと、布越しにそっと唇を寄せた。
「ひっ………ぃや……っだ……」
その行為の意味に気付き、明日叶が咄嗟に拒絶の言葉を口にすると同時に、柔らかな舌の感触が、つくん、と先端を軽く突いた。
たったそれだけの刺激で、いとも簡単に熱は放出される。
堪え切れない悲鳴を切れ切れに上げて、明日叶の身体が弓なりに反った。
下着の中で、限界まで腫れ上がったそれが遠慮なく弾ける。
布を隔てて、あられもない水音を立てるそこに視線を張り付かせたまま、太陽は自身の分身にも手を伸ばした。
一足先に達し、ぐったりと身を投げ出した明日叶からは、身体の上で馬乗りになった太陽が、切なげに息を荒げて眉を寄せるのだけが見えた。

明るい空色の瞳が、一瞬泣きそうに歪むと、小さな呻き声と一緒に、腹から首元までを温かな飛沫で濡らされる。
「ごめ、……センパイ………」
言いながら、まだ着たままだったTシャツを乱暴に剥ぎ取ると、それで明日叶の身体をざっと拭って床に投げ捨てる。
その動きに伴って、ふわりと慣れた体臭が香り、明日叶の緊張がふと和らいだ。
「ごめん、ね、センパイ………でも、一度、出しとかない、と……保たない、っから…」
怒らないで、と苦笑する太陽に、明日叶はただ潤んだ目を瞬いた。
一度絶頂を迎えた身体は、言いようのない脱力感に襲われて、とてつもなく重い。
けれど明日叶は、懸命に利き腕を持ち上げると、可能な限りの強さで太陽の腕を引いた。
「……や……だ、太陽……」
「だから、今日はイヤって言っても止められないって言ったでしょ?」
困ったように微笑む太陽に、そうじゃないと首を振る。


なんで、一緒にいるのに。
どうして別々に、上り詰める必要がある?


呂律の回らない口調で、必死にそう訴える。
上手く言えないもどかしさを、近付けた頬を小さく舐めることで埋めた。
まるで、犬みたいだ。そう思う。
明日叶の行動に驚いたように目を見開いた太陽が、掴んでいた明日叶の手を優しく外し、その手首に唇を置いた。
視界に入ったその場所にすら、鬱血した跡が残っていて、改めてぎょっとする。

「センパイ」
「……な、んだ」
「お願い。最後の」
「………ん……?」
「今だけ、ちょうだい。センパイの視線。オレだけに。誰のことも見ないで。オレだけを見てて。センパイを見るのも、オレだけがいい。他のヤツになんて、見せたくない」
それまでのらしくない大人びた表情も、余裕の態度も。
早口に吐き捨てるような、荒々しいその言葉の前に、全てが綺麗に消えていく。
残ったのは明日叶にも馴染んだ、素直で真っ直ぐで、幼い本音。


(ヤキモチ、だったのか……?)
ようやく全てのパズルがぴたりとはまった気がした。
人前で必要以上に密着したがったのも。
辛そうに呟いた言葉の意味も。
全部全部、子供じみた独占欲。所有欲。


『センパイの、目が好きっス』
そう、言ってくれた。
そうして、そこに映る全ての存在に、嫉妬したのだろうか。
思わず、ふと口角が上がるのを止められない。
太陽だって、絶対分かってる。そんなの、くだらない嫉妬だって。
幼くて正直で、けれど誰よりも優しくて忍耐強いこの恋人は、きっと、ずっと言えなかったんだろう。
常に明日叶を尊重してくれる太陽が、初めて我侭を言って強請ったのが、自分の視線だった。
そのことが、いじらしくて可愛らしくて、途方も無く愛おしい。
重ねた肌から痛いくらい伝わってくる。
「オレだけを見て」という、純粋で、その分激しくて、簡単だけど、どうしても難しい願い。



「わかったよ、太陽」
両手でわしゃわしゃと髪を撫でてやる。
「今はお前だけ―――お前のことだけ見てるよ。お前しか、見えない」
『何を馬鹿なことを』と笑い飛ばすのは簡単だ。
『今更そんなことを言わなくたって』と、諭したところで無意味だ。
そういう言葉が欲しいんじゃない、きっと、今、こいつは。
「だから、お前も」
今この瞬間だけは、自分のものだと、そう感じられる実感が欲しいのなら。
「俺のことを見つめるのは、お前だけが、いい。俺の全部、ちゃんと見て、て」


いつも以上に丁寧に解された身体は、そんな太陽の引き攣れるような願いごと、奥深くまで飲み込んでは離すまいと抱き込んだ。
























「………ぅ………」
寝返りを打とうとすると、10kmマラソンを全力疾走させられた翌日のように、四肢がぎしぎしと音を立てて軋んだ。―――片肘で、身体を支え起こすことすら難しい。
うっかりカーテンを閉め忘れた窓からは、とっくに朝日が覗いていて、室内も昼間のように明るい。
ぎこちない動きで首を捻ると、隣では大きな身体を丸めるようにして眠りこける太陽の姿があった。
朝には割と強く、こういった日には必ず明日叶より先に起きて世話を焼いてくれる恋人の珍しい姿に、しばらく様子を観察することにする。
無邪気に寝息を立てるその表情からはもう、歪んだ嫉妬も独占欲も、微塵も感じ取ることは出来ない。―――けれど。昨夜の彼も、きっと本当の姿だということを、知っているから。

「お前、意外と嫉妬深かったんだな」
本当に小さな声で、からかうように呟く。伸ばした腕の痛みに一瞬眉を顰めるが、触れた頬の感触にどうしても笑みが零れてしまう。

日付はとっくに変わってしまったけれど。
誕生日はもう、終わってしまったけれど。
「俺にはお前だけだよ、太陽。お前だけ、ちゃんと見てる」
あどけない寝顔にそう誓いの言葉を掛けると、自分で言っておきながら、明日叶は照れたように起き上がった。
「あ~………これは」
シーツを被っただけの身体を見下ろして、溜息を吐く。
………絆創膏くらいじゃ誤魔化しきれる気がしない。
点々と散ったそれらを見ているうちに、昨夜の自分の台詞と、それに伴うその後の太陽の視線をまざまざと思い出して、明日叶は思わず声を上げそうになる。
猛然と追いかけてくる羞恥心に必死で気付かないフリをして、再びシーツの中に潜り込んだ。
疲れた身体は、すぐに意識を眠りの淵へと引きずり込もうとする。
それに素直に従いながら、明日叶はようやく口にすることが出来た。



「おめでと、太陽」












◆あとがき◆

例のごとく、こっそりアップ、と。
ようやく完結です、太陽誕ss本編……!気付けば季節はすっかり夏本番…!!orz
さて。(←話題転換で誤魔化してみる)
太陽は年下のくせに、明日叶ちんのことになると優しく物分りよくなりすぎだと思います。
たまにはドロドロぐつぐつした本音をぶちまけさせてあげたいなぁと思って出来た話でしたvv
「他の誰も見ないで」って言葉、浮気するなって意味じゃなく本当に額面通りだとしたら
「そんな無茶な!」って話ですが。気持ち、分かんなくもないです。だって好きなんだもん(笑)
傍若無人ぽく見えて、実は甘えたり我侭言ったりするのが苦手なタイプ。
雪織の中で、太陽はそんなスタンスです。
いやーしかし、太明日でねちっこいHが書けたのも満足でした(笑)
執拗で執念深い感じが出てるといいんですけど。珍しい雰囲気が書きたかったのでvv

2010.7.23 up







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