「お待たせいたしましたー」 どさりと目の前に置かれた、盛りだくさんの大皿。 その大量の生野菜と生肉を見て、向かい側からゴクリと喉の鳴る音がした。 ―――生の肉を見て喉を鳴らせるなんて、相当な空腹か大食漢か、どちらかだ。 そのどちらでもある太陽は、店の人が座を離れるや否や、いそいそと箸に手を伸ばした。 「焼きますねっ、センパイ」 言い終わらぬ間に、もの凄いスピードで、テーブルの中央に置かれた特殊な鍋に、野菜やら肉やらを乗せていく。―――主に、肉中心に。 「う、うん」 その手際に感心しながら、明日叶はじゅうじゅうと食欲をそそる音を立てるそれを、ぼんやりと眺めていた。 「明日叶、これ、要らないか?」 放課後、亮一さんから呼び止められた。 なんですか?と問い返すと、長い指の先にぴらぴらと二枚のチケットらしきものが揺れている。 「……えーと、美術展のチケット、でしょうか」 見当をつけて、言ってみる。 時折亮一さんは「見識を深めてくるといいよ」と、美術館や博物館で行われる特別展示の入場券を譲ってくれたりする。 自分が行こうと思って購入したものの、期日内に都合が付かず、残念だけど代わりに、という場合もあったし、伝手でたくさんもらったからよければ、という感じの時もあった。 もらってばかりで申し訳無いという気持ちはもちろんあったが、彼が薦めてくれる企画ものはいつも本当に興味深いものばかりで、出掛けるたびに明日叶は興奮して帰路に着くことになった。そして、いつもよりずっと饒舌に感想を語る明日叶に、チケットを譲ってくれた亮一さん自身も嬉しそうに聞き入ってくれる、というのが通例だった。 今日もそうなのかな、と綻ぶ顔を止められず、長身の彼を見上げた明日叶に、返ってきたのは照れ笑いと苦笑いの中間だった。 「いやぁ、今回はそんな高尚なものじゃないんだよ」 ぽりぽりと頭を掻きながら、はい、と手渡してくれる。 見ると、展示会とか博覧会とか、そういった類のチケットとは紙質もデザインも違う、もっとポップで手作り感溢れるものであることが分かった。 「ジンギスカン、食べ放題?」 筆で書いたような印刷文字を、その通りに読み上げてみる。 どうやら、近くにオープンしたばかりの、焼肉屋のクーポン券らしい。 「そう。この間、近くの商店街でこれ買ったらさぁ。抽選券もらっちゃって。気まぐれに引いてみたら、当たっちゃったんだよね」 これ、と足元のサンダルを指さして、亮一さんがはは、と笑う。 「へぇ……亮一さん、くじ運いいんですね」 感心したように言う明日叶に、亮一さんは照れたように肩を竦めた。 「俺はそんなに肉って食べないから。桐生や眞鳥辺りを誘おうにも、あいつら、絶対乗ってくるとは思えないし」 想像して、思わず笑ってしまう。 確かに。二人とも、食べ放題の言葉がこれほど似合わない人もいない。 「あ、でも俺も」 自分もそんなにたくさん食べられる方じゃないと言おうとして、軽くウィンクされた。 「太陽がいるだろ?あいつなら、きっと喜ぶんじゃないかなって思ってさ」 ああ、そうか。 先輩の気遣いに頬を染めると、明日叶は大事そうにチケットを握り締めると、はにかんだように笑って頭を下げた。 「亮一さん、ありがとうございます」 「うん。あとで、旨かったかどうか、聞かせてくれよ」 「はい、必ず!」 で、今に至るわけだ。 「うんまー!!センパイ、これ、マジで旨いっスよ!?」 焼いては食べ、食べては焼いて注文して、次から次へと運ばれてきては消えてゆく肉の目まぐるしい動きに、明日叶はただただ圧倒されていた。 「あ、ちょ、太陽。それ、まだ赤……」 「んっ!こんくらいの生焼けってのもオツっスねぇ!!」 ―――全然聞いちゃいない。 自分の皿にとった野菜を口に運びながら、明日叶はふと笑みを零した。 (よかったな、誘って) こんなに喜んでくれるなら。 今回は亮一さんにもらったチケットだったけど、今度は自分で、こういうところに連れてきてやろう。 幸せそうに肉を頬張る太陽を見て、明日叶が目を細めたその時だった。 「あーー!センパイ、全っっ然、食べてないじゃないっスか!!」 明日叶の皿に肉が無いことに目敏く気付いた太陽が、慌てて鍋の上に残っていた肉を全部取って寄こした。 小皿の上に何層にも積まれたそれを見て、明日叶の顔が僅かに引き攣る。 「太陽……俺のことは気にしなくて」 「もう、センパイ。食べ放題なんだから、食べなきゃ損でしょ!……ていうか、ゴメン。オレが食べてばっかだったから……」 みるみる肩を落とす太陽に、慌てて言い募る。 「あ、ありがとう太陽。ごめん、ちょっとぼーっとしてただけだから。旨そうに食べるなぁって思って」 そう言うと、太陽はにぱっと嬉しそうに笑った。 「だぁって、ホントに旨いんス!あぁ……!これがどんだけ食べてもタダなんて……もうオレ、ここで死ねたら本望っス!!」 縁起でもないことを最高の笑顔で口にする太陽に、思わず笑ってしまう。 「だーかーら!ほら、センパイも!オレ、自分が美味しいって思うもの、センパイにも食べてほしいっス!!」 ほらほら。 にこにこと薦めてくる太陽に、明日叶はそろそろ覚悟を決めた。 ごく、と、最初の太陽とは全く逆の意味で喉が鳴る。 純粋に「美味しいものを分け合いたい」と願う太陽の、眩しいまでの視線を受けながら、恐る恐る箸を伸ばした。 1枚を掴み、目を瞑って口に放り込む。 ―――そのまま、ろくに咀嚼もせずに飲み込んだ。 「ねっ?ねっ??美味しいっしょ?センパイ!」 満面の笑みで覗きこんでくる太陽に、明日叶は精一杯笑ってみせた。 「ん……う、ん。すごく、美味しい」 「でしょー!?ならもっと頼まないと!」 良かった良かったと、またもや追加注文を始める太陽を尻目に、明日叶はぎこちない笑みを崩さぬまま水を煽った。 ―――背中が、びっしょり濡れた冷や汗で気持ち悪い。 その後も、大好きな人への気遣いを忘れない太陽は、次々と明日叶の皿に肉を乗せてやっては、明日叶に冷や汗をかかせ続けたのだった。 「は〜〜〜〜うまかったぁ〜〜〜!!」 飲み物分の会計を済ませ、店を出たところで太陽が満足気に言った。 「この店、すんごい当たりでしたね、センパイ!オレ、羊って初めて食べたっスけど、こんなに旨いもんだとは思ってなかった」 「よ、よかったな、太陽……」 そんなに喜んでもらえるなんて、と続けようとして、ついに限界が来た。 「亮兄にお礼言わなきゃ………って、せ、センパイ!?」 「ご、ごめん太陽……、も、ダメ……」 「ギャー!ちょ、センパイ、大丈夫!?ちょ、タンマタンマ!!!」 店先から店内(正式には化粧室)へと踵を返すことになった二人は、それから正味1時間、その店に居座り続ける羽目になった。 「ごめんね、センパイ」 とぼとぼと歩く太陽が、沈んだ声で呟く。 「だから、もう大丈夫だって」 安心させるように、しがみ付いた腕にぎゅっと力を入れる。 強固に主張する太陽を拒めず、背負われる形になった明日叶は、最初こそ恥ずかしさでたまらなかったものの、うっすらと夜の色が満ち出して人通りも少なくなった道で、温かな体温と心地よい振動にうっとりと身を任せていた。 ―――こんなことでもないと、絶対に無い状況だろうし。 でも、と太陽が続ける。 「オレ、センパイにもオレの好きなもの、食べてほしいって、そう思って……」 「うん、分かってる」 しょぼくれた太陽の、けれどぽかぽかとした背中に、頬をすり寄せるようにして目を閉じる。 「謝るのは俺の方だよ、太陽。お前の、その気持ちを裏切りたくなくて、俺が勝手に無理したんだ。その………お前の嬉しそうな顔を見たくて、つい」 いつになく甘えたような口調になるのには、目を瞑ってほしい。 「センパイ………」 「それに」 すぅっと太陽の匂いを最後に一度、大きく吸い込むと、明日叶は勢いをつけてその広い背中から飛び降りた。 「っわっ、危ないっスよ、センパイ!」 「だから、もう大丈夫だって言ったろ」 笑ってそう言うと、明日叶は悪戯っぽく太陽の顔を覗き込む。 「お前だって、人のこと言えないだろ?太陽。この間、一緒に中華食べに行った時」 そこまで言うと、太陽の表情が、う、と固まった。 「ば、バレてたんスか?」 罰の悪そうな眉の下がった顔に、思わず噴き出してしまう。 「だからお互いさま。俺も……ごめんな?」 伸ばした手で、くしゃくしゃと頭を撫でてやる。 すると、いつもよりずっと優しく抱き寄せられた。 「もう、覚えたから。もう、失敗しない」 たかが好き嫌いのことなのに、笑ってしまうほど真面目くさった声なのが、どうしようもなく愛おしい。 「うん。俺も。ちゃんと覚えた。だから」 「また一緒に、ゴハン行きましょうね?」 「うん。ラム肉以外なら、喜んで」 「オレも。あ、シューマイ自体は大歓迎なんスけど」 「じゃあそれは、俺が食べてやるから」 くすくすと、二人分の笑い声が、宵闇に優しく響いていた。 言ノ端七題 「2.たわいない嘘」 |
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◆あとがき◆ 太陽BD記念週間、2日目です。 食べ放題、太陽なら大好きだろうなぁ。二人の好き嫌いについては、公式設定より。 私も太陽と同じものが苦手です。あれはシューマイを台無しにする……! 好きな人が好きなものを、嫌いと言い出せない。そんな可愛らしい嘘を書いてみました。 お題配布元「ヒソカ」様 2010.6.22 up |
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