「じゃ、俺、先にシャワー浴びてくるな」 「うぃーっス」 顔を上げて応えると、センパイがふわりと笑う。 それは、いつもオレが可愛くて仕方ないって思う表情だったのに、なぜか今は胸のあたりがちり、とひりついた。 一瞬だけ、手にした冊子の縁に、ぐっと力が掛かるのが分かる。 けれど、そんなオレの内心にはちっとも気付かず、センパイはタオルを手に浴室へと姿を消した。 ぱたん、と扉が閉まる音を確認して、思わず息を吐いた。 ―――よかった、気付かれなくて。 ベッドに腰掛けたまま、がりがりと頭を掻く。 「こんなみっともない顔、見せらんねー……」 落とした視線の先には、今と同じ大きくて透明な瞳をした、幼い少年。 パーツだけを見ると、本当に変わらない、そのままの姿なのだけれど。 全体的にあどけなさが残る分、今よりもずっと可愛らしい印象が強い。 「くそー……かっわいいなぁ……」 何度思ったか分からない感想を、本人がいないのをいいことに、声に出してみる。 恋人の昔の姿を素直に賞賛する気持ちと、けれど、自分の知らないその笑顔を引き出している存在に対するモヤモヤする気持ちと。 どちらもがちょうど半分ずつ混在して、複雑な気分になる。 古びた写真に写るセンパイは、今よりもずっと朗らかに、屈託無く笑っている。 そして、その隣で微笑むのは。 『見て、太陽。懐かしいのが出てきた』 明日叶センパイの親御さんから届いたという小包に、同封されていたのがこのアルバムだった。 『うわ、見たい見たい!』 はしゃぐオレに、少し恥ずかしそうに笑いながら、センパイが手渡してくれる。 逸る気持ちを抑えて開いたページには、オレの知るセンパイが、けれどオレの知らない笑顔で、そこにいた。 一緒になって覗き込んだセンパイは、本当に懐かしそうに、ページを繰るオレの指の動きに合わせて視線を動かして。 『本当に、懐かしいな………』 ぽつり、と、普段よりもっとずっと優しい声が、続きを呟いた。 『いつか……慧にも、見せてやろう』 つくん、と胸が痛んだ。 藤ヶ谷センパイのご両親の件は、明日叶センパイから少しだけ聞いて知っている。 涙を零しながらぽつぽつと話してくれたセンパイに、オレはそれ以上に号泣してしまったのを覚えている。 肉親を亡くす悲しみは、オレも知っている。 けれど、藤ヶ谷センパイのそれは、オレなんかには到底計り知れない。 たった一人で戦わなければならなかった孤独と絶望感。 不条理さに対する、魂をも喰い尽くすほどの激しい怒り。 けれど、そんな藤ヶ谷センパイの救いになっていたのは多分、この写真が表すように、明日叶センパイに違いないのだろうということ。 亡くした人の代わりなんかには誰もなれないけれど、でも亡くした痛みを癒してくれるのも確かに人なのだということを、オレは知ってる。 知ってるからこそ、藤ヶ谷センパイに明日叶センパイがいて本当によかったと思う反面、分かっているのに、そんなの醜い感情だって、大人気無い嫉妬だって分かっているのに、二人の絆の深さと時間の長さが、苦しくて辛い。 それも、本当の気持ち。 『いつか、慧にも見せてやろう』 その言葉が実現するには、きっとまだ、ずっと長い時間が掛かるはずだ。 そしてそれが叶うということは、埋められないほどの深い傷を負った藤ヶ谷センパイが、ちゃんと自分だけの光を見つけて、心から笑えるようになった日のはず。 一日も早く、そんな日が来るといい。 この気持ちには、ほんの少しの嘘も、無い。 「太陽、お先……って、何して」 「はいはいはいセンパイ!こっち向いてー」 「ちょ、なに」 「はいチーズっ」 ぴろりん♪と、能天気な電子音が部屋に響く。 「おまっ……、俺、こんな格好だぞ!?」 上半身裸の首元に、タオルを掛けた姿のセンパイが、真っ赤になって怒る。 データを消すように迫るセンパイを器用に交わして、オレは素早く「保存?」→「OK」とボタンを操作した。 センパイは、俺の救いでもあるんだよ。 それも、出来たら忘れないで。 藤ヶ谷センパイを、助けてあげて。 でも、これからはずっと、オレの隣で笑ってほしい。 ワガママなオレで、ごめん。 言ノ端七題 「5.古い写真」 |
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◆あとがき◆ 太陽BD記念週間、5日目です。 慧の過去について知ったら、太陽は明日叶以上に号泣すると思います。 そして、猛烈にキレると思います。ジャディード前にその事実を知ってたら、多分ホーク半殺し。 相手が誰であれ(特に仲間と認めた人間に対しては)一番の義理人情家だと。 だから、慧が立ち直るのに明日叶が必要なら、快く見守る。 でも内心、ちくちくしてるのも事実で……というジレンマを書いてみました。 珍しく、太陽視点の一人称。 お題配布元「ヒソカ」様 2010.6.25 up |
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