「俺からの説明は以上だ。みんな、明日は頑張ろうな!」
亮一さんの言葉が解散の合図となり、グリフの面々が次々とラウンジを出て行く。


明日のミッションについての最終チェック。
いつも通り綿密に練り上げられた作戦は、まるで小説のように美しい筋書きで、十数時間後、自分こそがその登場人物になるというのに、まるで現実味を感じないほど落ち着いて受け入れられた。
しかしそれは、リーダーである亮一さんや頭脳戦専門の桐生さんたちが身を削って与えてくれる安心なのだということは、誰もが知っている。
「おやすみ」と、僅かに充血した瞳で明るく声を掛けてくれる亮一さんにきちんと頭を下げて、明日叶は部屋を出た。


「明日叶センパイ!」
一足先にラウンジを出て、すぐそこの壁に凭れていた太陽が嬉しそうに声を上げる。
「太陽」
明日叶の口調も思わず和らいだ。
つい今ほどまで同じ室内にはいたものの、そういえばこうして1対1で言葉を交わすのは随分久しぶりだ。
ミッション前はどうしても、実働班の自分とバックアップ側の太陽とではすれ違いが多くなる。
それでも恋人同士になって以来、互いになんとか時間を作っては一緒に食事を摂ったり、休み時間を共有したりと努力はしていたが、直前になればなるほどそれは難しい。
特にここ1週間は太陽の方が現場確認のため、学校帰りも寮を空けることが多くなっていた。夜、こうして顔を合わせるのは何日ぶりだろう。

「センパイ〜〜」
にこにこと満面の笑みで近付いてくる太陽に、明日叶はそっと腕を伸ばす。
「髪、少し伸びたんじゃないか?」
「そっすか〜?」
耳の後ろの毛を弄られて、くすぐったそうに太陽が笑う。
とろんと目を細める様子は、まるで飼い主に撫でられて嬉しそうにしている大きな犬だ。
指に触れる柔らかい感触が懐かしくて気持ちよくて、ついつい手を離せなくなる。
ひとしきり明日叶の好きにさせた後、太陽はぱちりと目を開けた。
そのまま上目遣いで聞いてくる。
「センパイ、もう寝ちゃうっスか…?明日、夕方からっスけど、センパイたち潜入班ですもんね……やっぱちゃんと寝て、体力温存しとかないと、ですよね……」
段々と語尾が尻すぼみになっていく。
自分より大柄なくせに、小さく身体を竦めるその姿が愛らしくて、明日叶は笑った。
「大丈夫だよ。もう携行品とかの準備は出来てるし。特にすることもないから、もう寝ようかと思ってたけど。………少し、話でもしようか」
俺も、久しぶりにお前と話したいし。
伏せ目がちにはにかんで言うと、太陽がぱっと顔を上げた。目がキラキラと輝いている。
「ほ、ほんとっスか!?よっしゃぁ!!」
「しーっ!太陽、声でかい……!」
扉の中ではまだ、亮一さんたちが調整をしているはずだ。不謹慎すぎる。
思わず太陽の腕を掴んで、自分の部屋の方へずるずると引きずる。
鼻歌交じりで後を付いて来る太陽はそれすら嬉しそうで、前を向いたまま、明日叶も自然と頬が緩むのを止められなかった。




「ねーねー明日叶センパイ」
「ん?」
「……ううん、なんでもない」
ベッドの上に胡坐をかいたまま、太陽が首を振る。
「……?」
明日叶は、止めた手を再び動かして、髪を拭った。
その様子をじっと見ながら、しばらくしてまた太陽が言った。
「ねーセンパイ」
「んー?」
「……ごめん、なんでもない」
ふぅ、と小さく溜息を吐くと、明日叶は濡れたタオルを椅子の背凭れに掛けて、自分もベッドに腰掛けた。
「あのなぁ太陽。さっきからどう……」
楽しそうに笑う太陽の顔が近付いたかと思うと、言い終わらぬ内に唇を塞がれた。

優しくて、温かい、キス。

ちゅ、と軽い音を立てて顔を離すと、太陽が困ったように笑った。
「ごめんね、センパイ」
「だから……どうしたんだよ」
久しぶりの感覚。
その柔らかさに目を閉じそうになった自分を誤魔化すように、明日叶は口調を強めた。

「オレ、センパイが『ん?』って聞き返してくれる声、好きなんだー」
「なんだよそれ」
呆れて眉を上げると、太陽が笑ったまま目を逸らした。
「…ちゃんとセンパイがここにいる、って。だからつい呼んじゃった。…ごめん」
ちくりと胸が痛んだ気がして、明日叶は思わず太陽の頬に手を伸ばす。
慣れた体温が、手のひらに広がる。
「俺も、寂しかったよ」
素直な気持ちが口を突いて出た。
一瞬きょとん、とした後、太陽が抱き付いてくる。
「セ〜ンパ〜〜イ」
「こ、ら………苦しっ……」
ぎゅうぎゅう締め上げてくる腕の力に顔を顰めると、はっとしたように太陽が離れる。
今度はそっと、慎重すぎるほどそっと腕を回して、明日叶を抱き込んだ。
しっかりとした骨組みの胸に、明日叶の身体はすっぽりと収まってしまう。

「明日叶センパイ」
「なんだ?」
「ちゅーしても、いい?」
「ば………っ、そんなこと、聞くな……」
「へへ……」
再び、ゆっくりとキスされる。
今度は長く。
そっと合わされた唇の隙間から、優しい舌がそろりと這入ってきた。
「…………っふ………」
久しぶりの感触に戸惑っているかのように、太陽の舌はぎこちないほど優しく動く。
それが妙な焦れったさを生み出し、明日叶はほんの僅かに背中を震わせた。

最後にそっと唇を舐め、太陽が唇を離す。
「たいよ………」
無意識に強請るような甘い声が漏れて、明日叶は驚いた。
カッと頬に熱が上がるのが分かる。
そんな明日叶を見つめたまま、太陽が眉を寄せる。
「だーめっすよ、センパイ。そんな顔しちゃあ………」
我慢、出来なくなるでしょ。
明日叶の肩に頭を凭れさせながら、耳元で太陽の声が囁く。
冗談めかしたその言葉の中に、炙られるような熱を感じて、明日叶の鼓動が跳ねた。
回された腕がさっきよりも熱いのは、気のせいではないだろう。
多分、太陽の胸に凭せ掛けている自分の頬も、きっと。
じくじくと湧き上がる欲求を必死で抑え込んで、二人は互いの体温を感じていた。


―――もどかしくて、おかしくなりそうだ。



久方ぶりの二人っきりの時間。
声、身体の感触、体温。
焦がれていたものが全て、こんな近くにあるのに。


それでも太陽は、それ以上明日叶に触れようとはしない。
その理由が分かっているだけに、明日叶も素直に求められない。





極度の緊張で昂ぶった身体を持て余すかのように、激しく求め合ってしまったのは何回か前のミッション前夜だった。
妙に冴えきった頭と、喉を焼く緊張感で、眠れなかった夜。
唐突に人肌が恋しくなって、互いを求めた。
今にして考えれば、無意識のうちの恋人の安否に対する恐れや不安が、起爆剤になっていたのだろうと思う。その証拠に、その時のミッション内容はやや危険なものだった。
心が張りつめたままの抱擁は、自然、セーブの利かない鋭利なものとなり。
いつもの甘さをかなぐり捨てた凶暴さで太陽は明日叶を抱き、明日叶はそれを受け入れた。
―――結果、明日叶はミッション開始ギリギリまでふらつく足元に悩まされ、それを目の当たりにした太陽は、後悔と罪悪感に責め立てられることになった。



それ以降、太陽がミッション前夜に明日叶を抱くことは一度も無かった。
その代わり、昂ぶる熱を昇華させるように、空虚な不安を埋め合うように、互いの身体を抱き締め合う。それがいつしか習慣になっていた。





「…………ふぅ」
どのくらい経っただろうか。
じっと抱き合ったままの体勢でしばらくして、太陽が小さく息を吐いたのが聞こえた。
「寝よっか、センパイ」
へらっといつもの調子で笑いかけてくる。
その笑顔が、いつもよりほんの少しだけ苦しそうに見えた。
―――こんな些細な変化すら、分かるようになった。
明日叶は誇らしい気持ち半分、だからこその苦悩半分で迷った。
抱き締められていたおかげで、全身がぽかぽかと暖かい。

けれど。

どこか満たされきれない切なさが、身体の奥底を引っ掻くように急かしてくる。
「……明日叶センパイ?」
ぎゅっと背中に回した手でTシャツを掴むと、太陽が戸惑ったように問うてきた。
「太陽、………俺………」
首元に顔を埋めるようにして、声を絞り出す。
「俺……まだ寝たくない。お前のこと、……感じたい……」

普段なら絶対に言えない言葉。
離れていたたった1週間がそれを可能にしたというなら、俺の忍耐力なんて、本当にたかが知れている。―――こと、こいつに関してだけは。

明日叶は恥ずかしさで唇を噛みしめたが、大胆すぎる言葉を後悔はしていなかった。
お前は違うのか?という僅かな不安を、耳朶を食む優しい刺激が払拭する。
「センパイ………嬉しいな。……オレも」
無理、という単語を最後に、太陽の舌が耳に滑り込んできた。
「ぁ………っ………ふぁ……」
鼓膜へ直接響く水音に、全身の力が抜ける。
「せっかく、我慢しようと思ったのに……センパイのせいだからね?」
悪戯っぽく囁きながら、意外と器用な指先はパジャマのボタンを次々と外していく。
空気に触れて冷えゆくはずの体温が、逆に上がるのを感じた。
晒された肌の上を、太陽の唇が撫でるように降りていく。
触れられた場所から、鋭い熱が拡散していくのが分かる。
「でも、挿れるのは無し………だか、ら」
「………ひぁっ………!」
明日叶の感じる場所をすぐに探り当てると、舌と唇とで弄り出す。
思わず背中が反る。そのせいでより太陽の舌を感じてしまって、明日叶は小さく悲鳴を上げた。
逃げないように背中を支える手のもう片方で、太陽は明日叶の手首をそっと掴んだ。
胸元からぞくぞくと身体を這い上がる快感の波に震えながら、明日叶は素直に従う。
「オレのも……触って、くれる………?」
導かれたそこは、布越しにも熱く硬くなっているのが分かって。
その猛々しさに一瞬びくっと手を引くが、明日叶はすぐにそれを優しく撫ぜた。
「………っ」
ぎり、と太陽が歯を鳴らす音が聞こえる。
同時に降ってきた熱い吐息に励まされ、明日叶はそっとスウェットの中に手を差し入れた。下着の中にまで到達すると、まるでそこは生き物のように、ぴくぴくと震えながら明日叶を待っていた。親指の腹で、先端を優しく擦る。
「………っぅ………ぁ……」
僅かな刺激にも素直に反応を返してくるそれを、愛おしげに手の中に包み込んだ。
その感触に背中を強張らせながらも、ほっとしたように太陽は明日叶の手首を離す。
そして、優しく肩を押して明日叶を押し倒すと、同じように服の下で窮屈そうに震える明日叶の分身に、その手を伸ばした。





「………っぁっ……ぁ………っく……」
触れられなかった時間の空白を取り戻すかのように、身体は貪欲に刺激を求める。
意識していないと際限なく零れ落ちてしまいそうな嬌声が怖くて、明日叶は手の甲で自分の口を塞いだ。―――ただでさえ、寮の壁はそんなに厚くないのだ。
そのせいで、抑え切れなかった吐息が鼻にかかったように聞こえ、逆に艶を増していることには気付かない。
「セ、ンパイ………」
少し息の上がった声で、太陽が呼ぶ。

もう夜も深い。
灯りを消した静かな室内に、二人分の淫らな水音が響く。

「センパイ………セン……っパイ……」
熱に浮かされたように、太陽の声が繰り返し明日叶を呼ぶ。
「あっ……あっ………はぁ……ぁ………っ……」
最初、明日叶の手のひらに握られていたものは、既に太陽の手の中にある。

―――明日叶自身のものと一緒に。

大きく骨張った手が、二人分の熱を包み込んで扱き上げる。
はじめはゆっくりと。
次第に互いが刺激に飢えてくると、強く。
「たい……っよ………」
強い快感に、涙が滲む。
反射のように思わず伸ばした指は、自分のものか、太陽のものなのか、どちらとも知れないトロリとした液に濡れて。
「……っつ…………センパ………先っぽ、触っちゃ、だめ……だよ」
一瞬掠めた指先が、すぐ上にある太陽の顔を切なげに歪ませる。
その色っぽさに、どくり、と一層の熱が股間に集まるのを感じた。
余裕の無いその表情をもう一度見たくて、明日叶は息を乱しながら必死で手を伸ばす。
「………っぁ………ぁ………っく……」
「あ、あっ…………っ」
今度は手のひらで触れようとすると、勃ち上がりきった自分の先端にも触れてしまう。
びりびりとした電流のような刺激に、たまらず腰を引くが、今度は逆に、太陽が包みこんだ二つの熱の塊を、明日叶の手のひらに押し付けてきた。
「やっ……やぁっ………い、た………ダ…メだ………っ」
引こうとした手のひらも太陽の手で強引に固められ、互いの先端を意思を持って擦りつけられる。
自分の手が、ぬるりと淫らに濡れてゆくのが分かった。
破裂寸前で敏感になりすぎたそこは、痛いほどの快感に悲鳴を上げる。
必死で首を振るが、動きを強めた太陽は止めない。
上下運動に加え、ぐりぐりと皮膚の薄い部分を熱い手のひらに擦られる感触に、急速に限界まで追い上げられる。
「はっ……センパイの、手で……イカされてる、みたい……っ」
荒い息のまま、くしゃりと太陽が笑う。
その弾みで、首筋にぽたりと汗が落ちてきた。
「ひ………ぁ………!」
それすらもう熱を煽る小道具にしかならなくて、明日叶はいつしか堪えきれない吐息を、あられもなく上げ続けていた。
やがて、頭の中がうっすらと白く霞掛かってくる。
「一緒に……っ、イこ?センパ、………」
「た、いよ………ぉ……っぁぁあ………っ」
甘く掠れた誘惑の言葉と同時に、一番強い刺激を与えられ、明日叶は全身の疼きを放出とともに解放した。
「…………くっ………」
少し遅れて、太陽の切なげな息が聞こえた、気がした。






「あちゃー。ベットベトだぁ」
胸の上の重さがふっと和らいだかと思うと、太陽の能天気な声が降って来る。
ぼんやりと気だるげな視線をそちらに遣ると、太陽が自分の利き手をひらりと振って見せた。
夜目にも分かるほど粘着質な液体にまみれたその指が、先ほどまで自分と彼の敏感な場所に触れ、自分からあられもない声を引き出していたのかと思うと、あまりの恥ずかしさに一気に目が覚めた。―――ひどい眩暈がする。
「………っ」
「へへ、明日叶センパイ。いっぱい出ちゃいましたね」
楽しそうに笑う太陽と対照的に、涙目で赤面した明日叶は無言のまま顔を枕に沈める。
「あれ、明日叶センパイ、照れてます??」
「………るさい……っ」
くすくすと笑い声が聞こえると、すっと気配が近付いたのが分かった。
「オレもいっぱい出ちゃったけど。でもこれ、多分、ほとんどセンパイのっスよ?」
背中側から肩越しに囁かれる。
「………なん、で…っ」
そんなこと分かるんだ!と反論しかける声を、太陽の言葉が遮る。
「だぁってセンパイ、すっげぇ感じてたみたいだから。………オレと違って、会えない時、一人でシたりしなかったんだ?」
「…………!」

太陽は時々、すごく意地悪な言い方をする。
天真爛漫で、素直で、率直で。
なのに自分と二人っきりの時だけ、こうして明日叶を嬲るような言葉を、楽しそうに囁く。
いつもと同じ、明るくて朗らかな声で。
―――けれど、ほんの少しの熱を孕ませて。

図星を指されて固まる明日叶の頬に軽いキスを落とすと、素早く近くのティッシュで手を拭った太陽は、後ろから明日叶を抱き締めた。
「明日叶センパイ」
「………なんだよ」
いつもの穏やかな太陽の声に安心して、けれどまだ羞恥心は拭いきれなくて、ちょっとぶっきらぼうな返事を返してしまう。
きゅ、と腕に力がこもる。
「あ〜〜〜〜……こうしてセンパイに触れるの、ほんと久しぶりっス………」
心底、幸福そうに太陽がぼやいた。
全くもって同じ気持ちだったから、明日叶もようやく全身の力を抜く。

たった1週間。
たったそれだけ離れていただけで、身体も心も、こんなにこいつのことを求めてしまう。
その異常なまでの執着心に、明日叶は時々自分に恐怖を覚える。

こいつを―――失った時、俺は一体、どうなってしまうのだろう。

けれど今、そんな空虚な『もしも』は、抱き締められる体温に溶けて霧散する。
とく、とく、と確かな鼓動が伝わってくる。
回された手を両手で包んで、明日叶は言った。
「明日」
「うん」
「ちゃんと成功させて、無事に帰ってこような」
ずっと、これからもずっと、こうして互いを感じあえる距離にいられるように。
「当たり前っス!」
力強く肯定する太陽の声に、心からの安堵が溢れる。
「それに」
「ん?」
「ちゃーんと帰って来たら、この続き、しなきゃですよね!……痛っ」
ぺしっと手を叩くと、明日叶は腕の中から抜け出す。
「ばか太陽」
そのまま浴室へ走り込む。
ちらりと見えた太陽の横顔が、なんとも嬉しそうに緩んでいて、ドアを閉めるなり明日叶も破顔した。

「………ばか太陽」
もう一度呟くと、明日叶は熱めのシャワーをその身に受けて、目を閉じた。









◆あとがき◆
ミッション前夜のお話でしたー!
戦の前後は性欲が高まるらしいと、なんかの本で読みまして。
緊張感とか使命感とかそういうので、妙にテンションがハイになるんでしょうかね。
なんかそんなんで、本番無しなのに乱れまくる二人を書きたくて出来た話です(笑)
太陽は本能的だけど、明日叶ちんが困るとなると、ちゃんと自制して我慢しそう。
言いつけを守るわんこは良いわんこです。
早くミッション終えて、ご主人様に存分に遊んでもらいなさい(笑)


2010.3.21 up







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