Sweet Honey Trouble!? - 本文サンプル -







電車が駅を出発してから数分後。

きょろきょろと辺りを見回したり、窓の外をちらちら眺めたり、しまいには立ったり座ったり。
妙にそわそわする太陽に、見かねた明日叶が声をかけた。
「太陽」
「………っ。はは、すんません。オレ、落ち着きなさすぎ」
自分でも分かっていたのか、がしがしと髪を掻き回して笑う。
「どうかしたのか?トイレとか」
「いやいや、違うっス」
へへへ、とどこか照れくさそうに笑うと、太陽は子供みたいに足をぷらぷらさせて言った。
「なーんか、じっとしてられなくて。オレ、いっつもみんなを運ぶ側でしょ?だから大人しく運ばれるのって、慣れてなくて」
そう言いながら窮屈そうに席に収まっている太陽を見て、明日叶は思わず噴き出した。
まるで、腕白盛りのガキ大将が、じっと我慢して大人しくしているように見えて。
不自然に行儀よく足の上に揃えた太陽の手を、ぽんぽんと叩いてやる。
「そうだな。いつも本当にご苦労さま。……ありがとな」
心からの感謝を込めてそう呟くと、太陽がぴんっと背筋を伸ばして叫んだ。
「い、今、きゅんって来た!ヤバい、センパイ、もっかい…!」
「バカ、静かにしろって」
小声で叱り付けると、ちぇ〜っと拗ねたように口を尖らせる。
「じゃあ、手。繋いでもいい?」
何が『じゃあ』なのかは全く不明だが、甘えるように代替案を持ちかける太陽を、明日叶はとりあえずすっぱりと切って捨てた。
「だめ。人が見てるだろ」
「え〜〜〜」
きゅーん、と眉を下げる太陽に、ほだされそうになるが我慢する。
(ここは電車の中、人前、真っ昼間…!)

その3つを念仏のように唱えていると、自動ドアが開いてガラガラという音が聞こえてきた。
ぴょこん、と太陽が座席の上で跳ねる。
もし太陽に犬の耳が付いていたら、今頃しっかり立ったまま、ぴこぴこと反応していることだろう。
「お前……朝ごはん、しっかり食べてただろ?」
呆れたようにいう明日叶に、一瞬とんでもなく悲壮な顔をして見せると、ぴしりと人差し指を突きつけるようにして、太陽はきっぱりと言い切った。
「センパイは間違ってる!駅弁も旅の醍醐味でしょ?駅弁を食べずして、旅を語ってはいけないんスよ!幕の内と焼きカニ飯と笹寿司ひとぉつ!」
最後のセリフは販売員のお姉さんに向けたものだ。
くすくすと周囲から漏れる笑い声に、明日叶は小さくなる。
3つの箱を一気に開けて、それぞれから早速美味しそうにおかずを頬張る太陽を眺めながら、そっと尋ねる。
「……美味しいか?」
「うん!すっげぇおいふぃ!」
「そうか」
まったくもう。憎めないやつ。
心底幸せそうな顔でそう答える太陽が、可愛くて仕方ないんだから、―――本当に困る。
「センパイも食べる?」
「んー、俺はいいや」
朝食も食べたし、気持ちいいほどの食べっぷりは、見ているだけでお腹いっぱいだ。
「えー、でも〜」
不満そうな太陽に、じゃあ、と明日叶は苦笑した。
「そのトマト。もらってもいいか?」
「ふぇ?」
指差した先には、つけ合わせのサラダに入っているプチトマト。
「これ?」
「うん。それ、食べたい」
そう言うと、ぱぁぁと顔を輝かせた太陽が、急いでへたを取ってくれる。
内心笑いを噛み殺しながら、瑞々しいそれを受け取った。
自分の楽しいと思うこと、美味しいと思うもの。
共有したいという気持ちは、明日叶にもよく分かるから。
「うん、うまいな」
ぱくり、と一口で平らげると、にっこりと笑って見せた。
―――と。

ちゅ。

振り向きざまに、キスされた。
「〜〜〜〜〜〜!?」
太陽が身体ごと反転してこちらを向いていたから、その陰に隠れて誰にも見えなかったかもしれないけど!それでも
声にならない悲鳴を上げると、のほほんとした顔で太陽が歌うように言った。
「えへへ〜、トマトの味〜♪……んっぎゃ」
ごちん、と問答無用で鉄拳制裁を食らわせると、明日叶はぷいと窓の方を向く。
「ごめん〜、ごめんってばセンパイ〜」
「うるさい」
「だってだって、センパイが可愛い顔するから〜」
「知らない」
またしてもきゅんきゅんと擦り寄ってくる太陽を冷たくあしらいながら、明日叶は耳が熱いのがバレないように、そればかりを祈っていた。



                          (P9〜10より抜粋)








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